第427話 影のワルツ


「な…………ぁ……??」


 フロンスと並ぶを認め、シャルルは未だ思考を混乱させている。


「そんな器用な事が出来るなら言ってくださいよギルリートさん」


 すっかりと分離した影の男――ギルリートへとフロンスは笑みを向ける。すると暗黒は淡々としながらそのリスクを話し始めた。


「しかし影となっては奴の魔力を再現出来ん、俺は亡霊だからな……自らの特性として奴の肉体と技術を影に映しただけだ――」

「ん、まだ何か……?」


 ジロジロと足元から見上げる様にしたギルリートに気付いたフロンス。


「……?」

「長く分離はしていられん。気付いてないのか鈍感な奴め、貴様の体は腐り始めているのだぞ」

「え……ぁぁそうか、ははそうですよね、痛みも無いので忘れていました……しかし、それと分離していられない事に何の関係が?」

「ふぅん……鈍い奴め、まぁ良い」


 標的を見据え始めたギルリートに気付き、フロンスもまたシャルルを睨み付ける様にした――

 頭上の瓦礫を払い除けながらそこに立ち直った大王が、またもや激情に顔を歪め始めている。


「二人であらば……ッこの私を討ち滅ぼせるとでもッ!! 思ッテイルノカァア!!」


 七色の光を拡散するシャルルが、教会を吹き荒らしながら二人の元へと苛烈に走り込んで来る――


「あわ、あわわギルリートさん次はどうすれば! 私『超再生』と『狂魂きょうこん』に任せきった闘争方法しか知らずっ」

「案ずるなよフロンス」

「え……?」


 真っ黒になった影の身に、確かに赤きメッシュのギルリートの相貌を見たフロンス――


「連弾とは片方が卓越していれば楽想として成り立つもの……最も俺も奴の能力を映しただけだが」

「ギルリートさん……」


 緩やかに微笑んだギルリートは、フロンスへと無茶難題を押し付けながらも何処か愉しそうに肩を揺らしていた。


フロンス、舞踊曲ワルツの様に!」

「――っ……もうヤケです、やるしか無いんでしょう!」


 友と笑うフロンスもまた、迫る危機に相対しながら怯えを取り払った清々しい面相をしていた。


「キィえぇあああアイイイ――ッ!!!」


 シャルルの七色が爆散し、振り乱した軌道上を光が破壊していく凄惨なる光景がまず、影となったギルリートへと振り下ろされて来た――


「ギルリートッッ!!」

「気安く呼ぶな“様”を付けろ格下」

「ぬかせ――!!」


 シャルルを模した暗黒の影が、その目に赤き眼光を光らせて棒を前へと突き出した――そこより放出される暗黒が、モヤとなってシャルルの目をくらます!


「クックククッ……遮二無二だなぁ“大王”よ」

「くぁぁっチョコザイ!!」


 直ぐにとその光明で暗黒を切り払ったシャルル。大地揺れる強烈な踏み込みと共に間合いを詰めた大王が、張り裂ける光を影へと振り払う――


「クッ――ふふふふ、良い膂力りょりょくだ!」

「このまま消し炭にしてやるわ!!」


 衝撃拡散しながら鍔迫り合うギルリートの暗黒とシャルルの光――魔力を捻出出来ないギルリートは、標的のポテンシャルを映していようと大王の気迫にズイズイと押しやられていく。


「どうしたギルリート!! とやらは何処へ行った、私に聴かせてくれるのでは無かったのか!! 国を導いていく楽想ヲ!!」

「慌てるなよ三流め、先ずは前奏曲エチュードから……徐々にと本題へと至るのだ!」

「――ケェアアアアアッッ!!!」


 噛み殺さんとするシャルルの勢いがギルリートを何処までも引き摺っていったが、どう言う訳か大王の勢いがピタリと止まって、両者は視線を突き合わせる。


「な……ッフンァッ!! 何故、ナゼ私の『柳暗花明りゅうあんかめい』を貴様が止められる!!」


 勢い増していく七色がギルリートの影を引き裂きながらも、シャルル渾身の奥義が影に止められている。

 目前で面を上げたギルリートの赤き双眸そうぼうが、その身を焼き裂かれたまま口元を歪ませる――


「ぬるいんだよこの程度……」

「――ハァッ?!! 私の幻影をコピーし、この技を受け止めるだけで精一杯の貴様が何をぉ!!」

「終夜鴉紋の拳には……もっと凄まじい気力が宿っていた」

「終夜……鴉紋!」


 ジリジリと押しやられ、オーロラに身の暗黒を切り払われていくギルリートが、紅蓮の瞳を逆巻かせる!


「奴の信念と気迫、そこに逆巻いた憎悪のエネルギーは、まさしくこの世の根底を引っくり返すだけの力がアッタ!!」

「――! これでも、まだ奴には及ばぬとっ!?」

「その程度で、このゲブラーの天使の子ギルリート・ヴァルフレアの膝を着かせられると思うなッ!!」

「クゥウキァァァァア!! 押し潰してくれるワァ!!」

「その程度のでは足りんッ清く美しいだけの“楽想”では――いささかァア!!!」


 ――次の瞬間、ギルリートへと向かい合っていたシャルルの横腹に、痛烈なる鋭利の痛みが知覚されてた。


「はぅぅあ――ッ?!」


 振り抜いた杖でギルリート吹き飛ばしたシャルルが、だくだくと流血していると分かる腹部へと視線を下げる……


「ワルツは一人で踊るものではありませんよ……」

「き、き……貴様ぁあ!!」


 シャルルの横腹に深々とグラディウスを刺し込んでいたフロンスへと、大王の光明の杖が振り上げられたその刹那――打ち込まれた壁より瓦礫を吹き飛ばして立ち上がったギルリートが不敵な声を残す。


「楽想を聴きたがっていたな――」

「ガァあ――ッ!! この……! 有象無象の家畜共!!」


 牙を剥いて一斉に飛び掛かっていった魔物とロチアートの群れが、激しい光の中心点のシャルルへと向かう――!


「薄汚い、赤目の行進曲パレードだ」

 

 暗黒を霧散させ始めたギルリートが、高らかに笑いながら顔を斜めにした。

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