第405話 その少女を形容する言葉は一つしかない


「ふぅあぁあ〜〜ッッ!! 私を取り囲んだ野蛮め〜!! 国家の転覆を目論んだ反逆者共の好きにはさせない〜〜!!! 割らせるものかー、この私の尊い体を〜ッぁああ〜ッッ!!」


 クレイス達が認めるは、ガラスと変じたその身に亀裂を走らせながら、さらなる狂気を拡散し始めた老王の姿である。

 激しくなる銀景色に、教会に幽閉された生命達の皮膚が激しく切り裂かれ始める。


「どういう訳だポック、奴はフロンスさんによる強襲でかなり疲弊していた筈だ」

「そうっすよね……あのゲスに尻を叩かれたからってこんな……まるで息を吹き返すみたいに」


 満身創痍のシャルルの見せた不可思議なる。その疑問に対する解となる“モノ”が、教会内部にひしめく千の生命達に


 ――その時、


「ぇ……いつから……そこに?」


 呆気に取られたフロンスでさえもが、ポカンと開いた口からそう漏らすしか無かった……



「私達が闘うからこそ、神は勝利を与えてくださる」



 突如起こった涼やかな声――

 始めからそこにあったと言わんばかりに、堂々はためく


「な……」

「ぁ、え……?」


 全ての者は驚愕としてそんな声を上げる。

 幽閉された筈の教会。そこに何時しか現れていたもう一つの強烈な存在。

 それは云うなれば全ての認識に、という結論を残した。


 ――その“奇跡”が……教会最奥のミハイル像の頬を撫で上げながら、妖艶な笑みを溢していた。


「なにが起こったッス? 俺達がシャルルに夢中な間に忍び込んだ……とか?」

「いやポック、そういった次元の話ではない……正直言って信じられないが……信じられないが、あの女は今そこに……忽然こつぜんと現れた。気配云々の話では無く、突如あの空間に産み出されたかの様に認識された」


 銀景色に咲いた光の御旗をクリッソンとシャルルもまた驚愕と……否、その表情は恍惚とまで変わりながら、今や惚れ惚れとした視線を寄せている。


「ど、どういつ意味っすか……それ」

「今重要なのは、彼女がいかにして発生したかではありません」

「フロンスさん」

「そして恐らく、彼女に対してそういった理屈を当てはめるのは不毛……を説明付けるとするならば、それはこの一言に尽きる……等と敵方は申すのでしょう」

「その一言って……?」

「――“奇跡”」


 剣を落とした騎士達が、救世主メシアの来訪に落涙する。


「ジャンヌ様、夢じゃない、ジャンヌ様だ!」

「ジャンヌ・ダルク様だ! 奇跡の旗印、巫女みこが来てくださった!!」


 頭上に黒と桃色のオーラ逆巻く可憐な存在に、絶望一色となっていた人間達は色めき立った。


「お助けくださいジャンヌ様! シャルル様が乱心し、クリッソン様と共謀して我等セフトの騎士を虐殺しているのです!」

「どうかお慈悲を巫女様! 我等はこんな風に死にたくは無いのです、せめてセフトの騎士として勇敢に闘って死にたい!」

「助けて下さいジャンヌ様! シャルル様を諭すか、どうかこの教会からの脱出にご助力下さいませ!」


 荒ぶる銀の嵐の中で、シャルルの『硝子世界グラスワールド』の効力範囲である“球”が、これまでと全く比較にならない程に範囲を広げ始めた。


「ジャンヌ〜ぁあ〜ジャンヌ、奇跡の少女〜ッ! 我が悲劇の狂態を鼓舞しに来たか〜〜ッッ」


 それは白き闘志をその身より立ち上らせ、強い風巻に長髪を舞い上げたシャルルの覚醒を意味していた。

 たった一人の少女が旗を振るっただけで様変わりした戦況。その場に居た者は、もうすぐにでも教会を埋め尽くすであろう“球”の拡大速度に強い動揺を刻む。


「フロンスさん! マズイぞ、これは悠長にやっている場合では無くなった!」

「確かにマズイ……あの旗が現れただけで、ここまで飛躍的に能力が上昇するとは予測出来ませんでした」

「あーヤバいヤバいヤバいっすよー!! どんどん命がガラスに変わっていくッス!」


 前を見据えるのも困難となった銀風の中、スポットライトでも当たっているかの様にジャンヌの存在浮かび上がっている。全ての生命が否応も無くガラスの嵐に皮膚を切り刻まれる中で、どういう事かジャンヌ・ダルクは一人、発光する様な輝かしい白肌を汚さずに佇んでいる。


「ジャンヌ様、お慈悲を、どうか我等がセフトの騎士に!」


 人間達にとって一縷いちるの希望である奇跡を前に、騎士達は膝を着いて彼女に祈った。直ぐ側で仲間達が銀へと変わっていくのを横目にしながら、彼等はその忠義を見せ付けるかの如く、何時までも頭を挙げないでいた。


「いっひひひ、素晴らしい忠義心です。それでこそ神は人類へと勝利を導くでしょう」


 愛らしい八重歯を覗かせながら、満を持して話し始めた清く透き通る声は、期待に頬を紅潮させた騎士達へとこう告げていった。


「今迄お疲れ様でした」

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