第404話 お前は狂っていれば良いのだ


「随分和やかな雰囲気だな……家畜風情が余裕そうに」


 苦笑いをするグラディエーター達を見上げ、忌々しそうに鼻を鳴らしたクリッソン。


「シャルルよ」


 小柄な参謀は後ろ手を組むと、屈辱と共に肩で息をする“親愛王”へと語り掛け始める。


「このままではジリ貧だ。何度でも再生を果たす“食肉の悪魔”に、お前の身はいずれ砕き割られるであろう」

「ふぅぅ、ふぅう……クリッソン」

「しかし打開策はある」


 大手を広げ、演説めいた口調となっていったクリッソンは、不敵に輝いた片眼鏡モノクルを周囲の騎士達へと差し向けていった。



 冷酷無比なるその声に、騎士達を伝う緊張感は一気に張り詰めて静まり返っていった。


「それは騎士を、我が臣下を皆殺しにしろという事か、クリッソン……」


 俯きながら表情を隠したシャルルによって改めて繰り返されたその衝撃に、遂には騎士達は阿鼻叫喚と泣き喚き、牢獄の教会をわらわらと逃げ惑い出す。


「そうだ。でなければこの謀略によって死ぬのはお前だ、シャルル6世……第4代フランス王国の大王よ」


 鎧をこする騒々しい物音と、大の男の上げ始めた悲嘆の中で、“親愛王”は未だその自我を表出させたままに厳格な顔を上げていった。


「そうか、臣下を……わが臣下を……。承知した我が友よ、それが我等二人の平穏に繋がるというのなら……ぁっ……ゥウッ!」

「ん……?」


 友へと向けられていた緩やかなる眼光が、その時突如としてひん剥かれた事にクリッソンは気付く――


「シャルル……?」

「ァァうッ……なんだ? 割れる、頭が、頭が割れる様に……ゥゥウぁッ!!」


 不可解なる様子で足を止めたシャルルを認め、眉間のシワを深くしていったフロンスとグラディエーター達。更には逃げ惑っていた騎士達も、頭を抱え込んでしまった大王の姿を窺うようにしていた。


「記憶がッ……とぎれとぎれで……っわからん、私は何故、ナゼ」

「シャルル……まさか」


 静かに驚愕している事が分かるクリッソンの震えた口元。


「お前の根底に眠る“親愛王”が目覚め様としているのか」


 そう囁いた小さき参謀は、酷く狼狽うろたえながら自らの髪をかき回す主君の元へと歩み寄っていく。


「教えろクリッ……ソン……小賢しい、赤目を燼滅じんめつする事はわかる。こいつはわかる……」

「私の失策だ、此奴を追い詰め過ぎたか……」

「だが友よ……私は何故、愛すべき……守るべき臣下と敵対している? 何よりも守るべき、私を信頼する者……を!」


 シャルルの零れ落ちそうな眼球が、真っ直ぐにクリッソンを見上げていく。

 明らかに様子のおかしくなってしまったシャルルを見下ろし、クリッソンはその細い瞳を糸のようにしながらギリリと歯軋りをしていた。


覚醒目覚め過ぎだ……シャルル」

「……答えろ、クリッソン」


 独り言ちた参謀は、未だ“狂気王”に返らない大王へと歪んだ視線を落としていった。

 そして顎を引くと、影になった恐ろしい表情をして言うのだ――


「忘れているならば教えてやろうシャルルよ」

「……」

「お前はこの見渡す限りの臣下。その全てから暗殺の謀略を企てられていたのだ」

「な……!」

「かつての世界、お前が紛う事も無くフランス王国の大王であった……あの時の様に

「すべ、全て! 馬鹿な、そんな筈は無い、私は民を愛し、臣下を何よりも大切にして――」


 ――するとそこで、クリッソンは今迄お首にも出さなかった気迫を纏いあげた風体で、ズイと顔を寄せながらシャルルへと凄んでみせた。


「何を言うかシャルル、誰でも無いこの私の言う事が信じられんとでも言うのか」

「……」

「幾度も、それは数え切れぬ程の暗殺と国家反覆を企てられたお前に、何時だって助言して命を救ってやったのは誰だ」

「ぁ……ぅ」

「この私が居なければ、お前はそこのガラス細工の様に呆気なく砕け散っていたであろうな」

「待てクリッソン……誰でも無い、お前の言う事だけは、私は――」


「眺めて見るが良い」


「…………は?」


 言葉に窮して愕然とした“親愛王”が見渡すは、展開された“球”の外より、怨念のこもった敵意を剥き出しにした騎士の群れ……


「そんな……私はまた、この世界でも……」


 人一倍に多感で繊細であった大王は、心より信頼する友の言葉に背を押され、自らに向けられた憎悪を――更に禍々しいまでに増幅させながら曲解していった。


「あの時の目だ、ぁ……どいつも、こいつも……私を殺害しようとした、あの蛮族のっ、ぁぁあ……ぁぁー、ぁ……ぁぁぁあ〜〜〜ッッ」

「シャルルよ、お前はまた――

「――――ッ――……ぁ――」


 何か糸が切れたかの様に項垂れたシャルルは、白目を剥きながら、そのガラスの膝に亀裂が走るのも構わず膝を着いた。

 もう何もかもが聞こえなくなる程の衝撃に落とされた悲劇の王に、クリッソンは悪びれる風もなく邪悪な内心をボソボソと溢す――


「その純心が故、疑心暗鬼の沼に浸かって」

「ぁぁ……ぁ――ぁぁー……ぁ、……ぁぁぁぁああ〜〜!! ッァァ嗚呼ああ〜〜ッ!! 何故だ〜!! 何故なのだお前達〜!!」


「……そうだ、お前は。シャルル」


 シャルルの吹き荒らす銀の風が一層と強烈となり、竜巻かの様な様相で教会内を強くかき回し出していた。

 余りに怒涛の魔力の奔流ほんりゅうに、残された生命達はゴクリと唾を飲み下す事しか出来なくなっていた。


 ――そして立ち上がるは、闇を濃くした“狂気の王”


「皆殺しだ……私を裏切る全ての下賤げせんが〜〜王に刃を向けるは万死に値する罪だと知れ〜〜ッッ!!」


 曲がり切った腰、落ち窪んだ瞳、痩せコケた頬に深く暗いくま……

 解けかけたを再びに塗り重ねられ、老王は深い狂気に墜ちる――

 

「ぁぁあぁあ〜〜〜ッ!! 裏切り者、裏切り者め〜〜!! 私のガラスの体を砕くつもりか〜! ならん〜させん〜!! 私が先に貴様ら全員を〜ッ粉々に踏み砕いてみせる〜〜ッッ!!」


 吹き荒れる魔力の嵐の中でクリッソンは笑う。

 ――大胆にも、自らの罪過を自白するかの様にして……


「ぐっふふふふ、どれだけ苦心したろうか……お前はもう私のより逃れられない……かつてお前を襲った数多の反逆、狂気に陥る最大のキッカケを企てたのは全部――

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