第392話 鳥かごの生き餌


「ああ、あぁあ〜! 家畜め、ロチアートめ! この食い物共が〜! 私は大国の大王であるぞ、大王〜!!」


 怪しき妖気を立ち上らせたシャルルの瞳が発光すると、さらなる魔力の奔流ほんりゅうが教会内部に吹き荒れ始めたのに皆が気付いた。


「うわぁ、うわぁぁ!」

「死にたくな……! クレイス、クレイス!」


 眉をピクつかせたクレイスが目撃するは、徐々にとその範囲を広げ始めた『硝子世界グラスワールド』の“球”であった。


「体が、ガラスになって?! ぅあ、体が割れ!?」

「おのれ人間めこんな、こんな所で――ぁ!」

 

「お前達……!」


 迫る災害相手にどうする事も出来なかったクレイスは、苦い顔をしながら仲間のロチアート達へと手を伸ばした。

 狭き教会内部で追い込まれる様にして、騎士のみならず、ロチアートや魔物が続々と“球”の範囲に巻き込まれてガラス片へと変わっていく。その瞬間に、強く吹き荒れるつむじ風に生命は砕けてガラス片へと変わっていった。


「シャルル様、私はまだ貴方への忠誠を誓って……ちか――!」

「フランス王万歳、フランス王ばんざ……っ?!」


「黙れ〜もう謀られるものか〜! 私にすり寄りこの背にナイフを突き立てようとしている事は分かっている〜!!」


 シャルルへの忠誠を示す為にかしづいた幾人かの人間達……

 しかし狂った大王の前にはもう敵も味方も無く、全ての生命は一様に銀景色へと変わっていった。


「マズイっすよクレイス……まだまだ球が広がっていくっす、このままじゃ全員ガラス細工の仲間入りっすよ!」

「恐ろしい能力だ……ただ一人で3000ともなる兵を全滅させ得るのか」


 いよいよとシャルルへの対応を余儀なくされるナイトメアの面々。しかし勇猛なるクレイスでさえもが、目前の大王の前に二の足を踏んでいる。


「球の内部に滞在する奴に接近する所か、ろくに攻撃をする手段も無い……しかし、ただ待っていても――んが!?」


 未だシャルルの球へは踏み入ってないクレイス達であったが、鋭利なガラスを乗せた風が範囲外の敵を無造作に切り刻んでいく。

 グラディエーターの一人が叫び、丸型の縦を構えてクレイスとポックの周囲を取り囲んだ。


「『密集方陣ファランクス』!」


 闇の鎧を纏った重装歩兵がクレイスとポックを守る様にして円形の陣を組んでいた。四方八方より降り注ぐ銀の風を防ぐ為には、防御の陣も極少数に限らなければ満足な結果を得られない。


「この風が厄介だな……」


 盾の隙間より周囲を窺う様にしたクレイスとポック……二人はただ殲滅せんめつされていく生命に歯噛みする事しか出来ないでいる。

 

「うぁうぁう〜!! 肉が身を守るな〜!『硝子の槍クリスタルランス』!!」

「はっ!? なんすかあれ!?」

「球外であってもあれ程の魔力を扱うか……おのれ人間風情が!」


 逆巻いていた銀が中空で凝縮され、やがて輝くクリスタルの巨大槍となると、その切っ先をグラディエーター達の陣へと向けた。

 

「不義〜フギィ! ふぎぃぃ〜!!!」

「――ああもうっ面倒くさいッス!!」


 即座に放たれてきた硝子の大槍に、ポックは一人陣をかき分けて銀風の最中へと踊り出していた。


「『緑旋風りょくせんぷう――斬』!!」


 双剣握り締めながら緑色の風を纏ったポック。すると彼の体から強烈なる旋風が巻き起こって、緑の竜巻がクリスタルの槍を止めた――


「こっちは風魔法しか脳が無いってのに、劣等感に苛まれるっすよーッ!!」


 中空で進行を止めた硝子の槍。緑色の風に乗って空へと舞い上がったポックが、その双剣の乱舞でクリスタルを粉々に砕き去った――


「ハぁ〜〜っ?! 卑しい奴隷がこんな魔術を〜だが〜」


 ガラス砕き、舞い踊る様な連撃を終えて地へと降り立ったポック。


「嘘っすよねぇ……はぁ」


 しかし彼の頭上はまだ、大王の敵意で漫然まんぜんと満たされていた――


「『銀幕』〜邪悪を白日の元へ〜!!」

「あぁ〜もうズルいっすよぉ!」


 槍から崩れ、キラキラと舞い飛ぶガラス片――それがポックの周囲に大挙して、彼へと鋭利の雨を降らせていった――


「『緑旋風――乱』!!」


 しかし、ポックより満ち溢れた緑色のつむじ風が、彼へと注ぎ込もうとした銀の煌めきを全て吹き飛ばしていった。


「つぁ……? ……ぐぎき、どうして家畜が私に逆らう〜!! 不義ぃぃ〜!!」

「お前に義を誓った覚えなんて無いっすけど」


 ポックの操る緑色の風がガラス吹き荒れる銀風を押し返した光景に、取り巻きからは歓声が上がった。

 だが彼等の声をかき消す様にして、すぐにシャルルの震えた声が上がった……


「あぁ〜あぁ、ああ〜!! 刺客だ、私を暗殺せんと差し向けられた刺客、暗殺者だ〜!! ぁぁぁあ〜〜、殺される……コロされるぅぅッッ!!!」

「ぅえ……っ!?」


 狂気乱舞するシャルルの毛が逆巻き、妖気が噴き出していくと、更に“球”の範囲が広がっていった。

 ガラスへと変じ阿鼻叫喚あびきょうかんする生命の断末魔――

 冷や汗を垂らしたポックは周囲を風のドームで囲って銀風を押し退けていたが、『硝子世界グラスワールド』の射程に踏み入れば彼の風も僅かの間でかき消される事が理解出来る。


「予想より術の侵食がずっと早い……早く対応の手を考えないとヤバいっすよ!」


 するとそこに、ひたすらに傍観を決め込んだクリッソンが口を挟む。


「ぐふふ……貴様等がシャルルの疑心と狂気を煽り立てる程に、お前達の終わりは刻一刻と近付いて来るのである」

「あんのチビハゲ……」

「この鳥かごの中では、貴様等は皆捕らわれた生き餌なのであるぐっふ〜」

「寄るな私に寄るな裏切り者共め〜! っひぁあ! 私を見るな、その恐ろしい目で〜っ! 殺そうとしているぅ〜私をぉ、その毒牙にかけようと全員が〜あぁ〜ッ!!」

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