第391話 疑心“狂”鬼


 前方にクリッソン。そして後方よりシャルルのガラス片の迫る状況にて、フロンスは細い目になって思考した。


「ぐふ……なんだと思う私の能力は? そもそもお前も私が嘘つきフェイカーだと? 私が嘘を付いているという確証が何処にある? そこに居る青臭い騎士の言葉に根拠など無いだろうに」

「ふむ……」

「さぁ考えろ、考えるのだロチアートよ……ぐっふぅ」


 何やら捲し立てる様にフロンスをあおるクリッソン。何かしらの心理戦でも持ち掛けているのだろうか……


「何を迷う事があるのかフロンスさん」

「……クレイスさん」


 振り返ると、破顔したクレイスとグラディエーター達の自信気な顔付きがフロンスの視界に飛び込んで来た。


「そこの小さき人間は、我々をこの場に封じる事に終始するのみ。つまりはそこにおるだけの木偶でくの様なものだ」


 緑色の風を纏い、両手の双剣をクルリと回したポックが鼻を鳴らす。


「なんだか面倒っすけど、要はこの密閉空間の中でも、あの不気味なガラス男を殺せれば良いんすよね」

「わぁっはっは! 何やら敵方はこの戦場にこだわっておるようだが、そうしたいならば好きにさせれば良い。我等が人間共の策を上回れば良いだけの事……残ったそこの参謀は、後からどうとでも調理してやろうでは無いか」


 ひとしきり聞いたフロンスは顎を上げると、数千と並んだ兵達を見渡していった。


「まだクリッソンさんに攻撃の手立てが無い、という情報に確証もありませんが……」


 やがてフロンスは頷き、緩く微笑んだ。

 

「まぁ良いでしょう……雑に使っても良い人間の駒も沢山ありますし」


 ギクリとした騎士達であったが、この状況下で反逆する事も出来ず、ただ震えていた。両陣営より板挟みにされた騎士はただ憐れでしか無い。


「がっはぁ! なれば先陣、このクレイスが切らせてもらおうか!」


 握ったグラディウスに血の朱槍を纏わせたクレイス。槍へと変わった獲物を振り上げ、隆々とした全身の筋肉をミシミシとパンプアップさせていった――


「くらうがいい卑しいニンゲンめッ! これがロチアートの力ァァァ『反骨の槍』ィィッ!!」


 風を切る紅き閃光が、射線に蠢く騎士達を蹴散らしながらシャルルのへと侵入していった――!


「ハぅアッ、ひぃぃ!!」


 自らの顔面目掛けて猛然と迫り来る朱槍に気付いたシャルル。身を竦めた彼はげんなりと頬をコケさせて情けの無い声を出した。


「割られる〜ッこの身を砕き割られる〜!!」

「そうだ、砕け散れ人間!!」


 しかしシャルルの『硝子世界グラスワールド』の行使範囲である透明の球へと立ち入った朱槍は、その形質を即座に脆いガラスへと変えていった。


「はぁーーーぅっ!!!」


 だが変わるのは性質のみ。既に付いている慣性のエネルギーは即座には消え去らず、ガラスとなった鋭利はシャルルの目前まで差し迫った――


「かくなる上は〜……」


 淀んだ目付きとなったシャルル。ストンと落とした老王の長き袖より、全身に仕込んでいた“鉄の棒”が掌へと落ちた。


「ふわぁぁぁあ――ッ私に寄るなぁア!!」

「――な……俺の槍を、砕いたのか?」


 なんとそれまで老体然とした身のこなししかしていなかった狂気の王は、自らの身を守らんとするその一時のみ、かつての勇姿を奮起するかの様に表情を苛烈にして、迫る銀の大槍を砕き割ったのであった。


「鉄……鉄はあの球の中にあってもガラスとならないのか?」


 だがクレイスが着目していたのは、彼の軽快なる護身術などでは無く、奇怪なる『硝子世界グラスワールド』での法則であった。


「なんだ……?」


 昂った息を落ち着け、冷静に状況を俯瞰ふかんしていったクレイス。すると今更ながらに気付く事が多くある。


「ガラスとなって砕け散った筈の人間達は……?」


 シャルルの周囲とその周辺に飛び荒ぶ銀色の風に気付くのが遅れたが、これまでに彼の術の餌食えじきとなった生命達の、数百にも上るガラスの山が無い……

 変わりにあるのは、シャルルの歩いて来た道程に続く、細かく砕けた肉と血、細切れとなった鎧や剣の残骸。

 そして荒ぶるシャルルのの内部では、人や武具がガラスとなって吹く嵐の中で、恐らくは鉄製であった剣の柄や鎧の装飾品が落ちているのにクレイスは気付く。鉄と鋼はその性質としては紙一重の様なものであるが、何故だかやはり“鉄”の方は『硝子世界グラスワールド』の対象外物質であるらしい。だが現代の武具に多く用いるのは一般的に“鋼”である事からも、その残骸は多くは無い。


「どういう訳か鉄には作用せず。あの“球”から出ればその性質は元へと戻る。更には俺は何か勘違いをしていたが、奴の球より外、その周囲に逆巻く細かきガラス片は奴が変貌させた物で無く、この教会内に数多あったステンドグラスの残骸だ。球の範囲から出れば、奴の変貌させたガラスはその形態を維持する事が出来ない」

「流石……見かけによらぬ頭脳派っすねぇ、よっインテリ筋肉!」

「ポック……あぁ、少し見えてきたぞ」


 肩を並べたフロンスとクレイス。その背後にグラディエーター達が陣を構えて標的を睨む。


「危なかった、危なかったぁぁ〜! 私のこの身が、砕き割られる所であった、ぁぁ〜良かったぁ……」


 九死に一生を得た様な顔付きで元の様子へと戻っていったシャルル。シャンと伸びていた背筋は丸まって、その容姿さえもが急激に老け込んでいった様に感じられる。


「割れる割れるって……さっきから何なんすかね?」

「うむ、何を恐れておるのか……あの長き頭髪と分厚いローブで良く見えんが、まさか奴の身もまたガラスへと変じているのか?」

「可能性は高いっすね……でもアイツ、あの技を発動する前からって喚いてたっすよね?」


 そんな二人の疑問に答える様にして、ネチャリとクリッソンの口元が開いた。


「あやつはと盲信しておるのだ……ぐっふふ〜前世で奴が狂い切ったのもそれが原因よ」

「ガラスに……? 何なんすかその妄想。なんでそんな突飛な発想になるっすか?」

「さぁ〜……しかし考えられるのは、純真であったかつての奴に、誰かがそ〜んな妄執を植え付けたのかも知れんな……ぐふふふ」


 そこに発狂する様なシャルルの悲鳴が上がった。


「あぁ割れる! このままでは砕き去られる〜! 衝撃を与えるな、微かにでもだ! この身が、全身のガラスがッ! 私のこの脆い体が〜!!」


 鉄棒を握り込んだシャルルの狂気の瞳が、今真っ直ぐにクレイス達へと差し向けられた。


「お前達の思うようにはさせない〜! 私を謀る多くの下賤げせんめ! フランスの大王シャルル6世は〜っ! お前達の暗殺では死なぬぞ〜!!」


 何者かによる吹聴で、その脳内を疑心暗鬼に満たされた狂気王。彼の沈んだ瞳には、映る全ての者が――


「なぁーんて悲運な王なのだシャルル。可哀想に! 世界中がお前を裏切っても、私だけは大王の身を案じておるぞ!」

「おお、クリッソン……そこに居たか〜、ぅぅ〜〜、お前は私の、唯一の友だ〜」


 ――ただ一人のを除いて……全てが怨敵に見えている。

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