第390話 深みへと沈む大王の狂気


「きーーーーーーーーっっ!! シャルルを覚醒させる為とはいえ、あからさまにやり過ぎたかっ!」


 ものすごい形相でクリッソンが叫び上げると、フロンスはまた騎士達へと振り返った。


「しかし肝心な事が分かっていません……彼が“嘘つきフェイカー”だという事は分かりましたが、ならば真の能力は一体どのようなものなのです?」


 赤目を差し向けられた騎士達は緊迫した面持ちで顔を見合わせながら、恐ろしい姿となった怪物へと敵意のこもった視線を返す。


「クリッソンの能力は誰も知らない……! ただ、奴の言っていた無敵じみた能力はデタラメだ」

「何故デタラメだと?」

「あの技を発動する時、何故だか奴はわざわざその能力を口にする。だがその内容は、俺は不可視になっているだとか、幽体となっただか幻術だとか……元来の奴からしてもそうだが、とにかく“嘘”を並べ立てるんだ」

「“嘘”をねぇ……しかし、少なくとも今は述べられた能力が実現されている様にも思えます」

「だとしても奴の言葉は一つも信用出来ん。恐らくはそこに何かトリックが隠されているに違いない。……全貌は分からんが、あれは完全無欠の能力などでは無い」

「なんだ……結局それを見極めねばならないという事ですか。何か思い出したら教えて下さいね。今より一時協力するのですから」

「だ、誰が……! 我々は貴様等にくみした訳では無いっ」

「はぁ」

「ただ生存が為に一時休戦しただけだ、貴様等ロチアートは我等が斬り伏せる!」


 あくまでセフトに尽くす忠誠は違えていない様子の騎士達であったが、彼等の奮闘をあざけるかの様にして、鋭いグラディウスの刃先が一人の男の背より貫かれていた――


「ぇ――――!!?」

「だれがお前達などと肩を揃えると言った?」


 筋骨隆々とした浅黒い肌の男――クレイスが顔面いっぱいに怒りの血管を浮き立たせて一人の騎士を突き殺していた。彼の纏う余りに無慈悲かつ人間への憎悪に燃えた面相に、人間達は押し黙りながら全身を強張らせた。


「これは共闘などでは無く命令だ。選択肢など無い……そして貴様等はこれより、我等ロチアートのなのだ……っ」

 

 迫るガラスの嵐を目前にしたまま、グラディエーター達は並々ならぬ殺意を人間達へとぶつけ始めた……黒き闇の鎧は熱を上げて坂巻き、握った暗黒の槍は騎士の首元へと向けられた。

 グラディエーター達が秘めた並々ならぬ“人間への憎悪”それは積年し、既に邪悪と化している……


「フロンスさん」


 人間共より視線を外したクレイスは、グラディウスに突き刺した肉塊をフロンスへと投じた。音を立てて転がった死体を前に、騎士達は生唾を飲み込んでいる。


ありがとうございます。人間さん達……」


 そう言ったフロンスは裂けた口元を大きく開いて牙を剥き出すと、何の迷いもためらいも無く足下の肉を喰らい始めた。


「ぅぅ……!」

「ひ……っ」

「なんて恐ろし……俺達は間違ってたのか……あのまま、死ぬべきだったのか?」


 鎧毎に音を立ててベキベキと喰われていく騎士……滴る血肉の一滴も喰い残さぬかの様に、フロンスは獣の様に本能に任せて肉を喰らった……


「ふぅ、……少しだけ魔力が戻りました。燃費が悪いものでね、またお願いします」

「「…………っ!」」


 青褪めた顔で竦み上がった騎士の群れはもう何も語ろうとはせずに、ただ周囲を取り巻く赤い眼光から視線を反らしていった。


「ふぅーー……」


 そこに長く深い息を吐くクリッソンの声が差し込んで来た。ややクールダウンしたのか、真っ赤になっていた顔は白んでいる。


「しかしだ……私が嘘つきフェイカーだという事が分かって何になる? この能力の詳細を掴まねば……ほれ」


 頭の上の王冠を揺らし、銀の風と共によれよれと歩み寄って来る老王――シャルル。


「逃げるのか〜かつて忠誠を誓った筈のこの私から〜! やはりだ、やはり貴様達は私を謀ったのだ〜その忠義心の低さが何よりの証拠なのだ〜!」


 シャルルの接近に伴って、一塊となったクレイス達の元にまでガラス片が飛び交い始めた。顔をしかめ、身を縮こまらせた彼等の体に切り傷が付いていく。

 そんな光景を前にニヤリとしたクリッソンは、半透明の姿のまま騎士達へと指先を向けていった。


「状況は何も変わらん……ぐふふ」

「クリッソンの言った通りだ〜! ぁあ〜、ん割れろ〜割れてしまえ〜! 粉々に、その身を打ち砕いてくれる〜ッ!」


 クレイス達へと迫る狂気の王と銀景色。フロンスは未だ不敵に笑うクリッソンの前で足を止めていた。


「ぐっふ〜さぁ、私の能力は何だと思う? 疑え、推測しろ、検討をつけろ、予測をしてみるのだ。早くしなければ……」

「全てを銀へ〜ッ!! ガラスの様に脆く脆く〜!! ぅぅぁぁああああ!!!」


 風荒ぶり、伸びっぱなしになったシャルルの巻き毛が顔に纏わり付くと、その隙間からはこぼれ落ちそうな程に大きな眼球が覗いた。その下に出来た深いくまがより一層と影を濃くしていく様から、かつてのフランス王がより深みの狂気へと踏み込んでいくのが分かる。

 挑戦的な視線をフロンスへと向けて、クリッソンは黄ばんだ歯を恥ずかしげも無く披露していった。


「増々と大きくなっていく、この大王の狂気に切り刻まれるぞ? ――家畜」

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