第384話 糸を引く肉の雨


「ナ……! まさか、貴様、まさ……マサカっ!」

は脂ぎっていて、よりネタネタとしている方が良い……粘り気のある何かが押し潰れて、糸を引く程に……キヒヒ」

「愚図め……キサマは!! なんとオソロシイ、ナンテ非人道的なコトヲ――ッ!!」

「そう……丁度、ッ――」


 戦慄したジル・ド・レが、頭上に開いた巨大な転移の魔法陣を見上げていった――


「ヒァア――っ!!」

「タスケ、ジル・ド・レ様、ジル・ド・レさまぁぁあ!」

「まだ死ねな……かぞぐが、俺はまだ死にたくナ――」


「ア………………ヒ……」


 とても常人には及ばぬ発想に意表を突かれ、口を開いたままになったジル・ド・レ。


「見ろよオカッパ……見るも珍しい――“肉の雨”だ」


 ならず者の狂った笑い声が上がると、空より降り注いだ数百の人間が、ジル・ド・レの放った“渦巻き”へと飛び込んでいった――


「――はギャ……ッブ……ぁ!!」

「えべ……エゥベヘベ!!!?」

「びゅうらぅぁ……ァうァ!!」


 続々と“渦”へと投げ込まれていく人間の豪雨――断末魔の声も歪み、強烈なスパイラルに細切れとなった肉が粘稠性を持って満たされていく。


「ヒトか……貴様……きさ、キサマ……は、この――ッッこのぉオオオ!!!」


「ちげぇって言ってんだろ? 俺は――“人でなし”だ……アッヒャヒャヒャハハハハ!! アァーっっハハハハハハッ!!!」


 ――ジル・ド・レにとってその光景は、正に現実に見る“悪夢”――“地獄”そのものであった。


「はぅ……ゥう……ぁ、あぁあ……」

「ヒャッハハハひはははは!! キヒッヒヒヒヒヒヒハ!!」


 闇へと堕ちたジル・ド・レですらもが後退るしか無い狂宴の中で、シクスは狂った様に笑い続けた――


「あぁ……ぅぁぁ、あああっ! 辞めろ、辞めろ人でなし! 人が細切れになって……に、肉、血が、脂が、ぁなんて、ヒドい、光景を……ァァア!!」


 突出した筈の自らの“狂気”を他者に超えられた事を実感したジル・ド・レ。ゴクリと唾を飲み込むその頃には、彼は見失った筈のを取り戻し始めていた。そして冷静に自らを俯瞰ふかんしてみると、そこには“異形”と変じた醜い自分の姿が映り込んでいる。


「なんだコレは、この醜い私の姿は……っギー、ジャンヌ……ッジャンヌよ!」


 ――そしてはやがて、赤いヘドロの様なで詰まって回転を止めた……その周辺には、細かい鉄片の混ざり込んだ、ひたすらにネバネバとした赤いヘドロ様な肉の泥が積み上がる。

 ――粉砕器に纏めてミキサーされたソレは……モノのかすである。


「ひぁっ……ひぁぁあッわた、私は、わ、ワタシはッ……私はただッジャンヌと――!!」


 情け無い声を上げて茫然自失とした聖騎士は、自らのしでかしてしまった狂態――その余りにも罪深い行いを回想してガクンと首を落とした。

 

「ジャンヌよ……ジャンヌ……我等が救世主メシア、私の生の全ての存在……ジャンヌ、ジャンヌ……」


 渦巻きの終わった景色の中で、ジル・ド・レはただ、血肉のヘドロに囲まれていた。最早抵抗の手立ても無くなったかの様になった彼は、火にあぶられ悶え苦しみ抜いて死んでいった――あのジャンヌ・ダルクの姿を克明に思い起こしていた……


「間違って……いる、全て……歪んでいる……乙女は我等が祖国の為……魔女などでは断じて無かった、お前達の言う魔女等では……罪など一つも無い無垢むくなる淑女であった……」


 俯いてしまったジル・ド・レの呟きに、風を切り裂いていく声が答えた――




「だったらテメェも逝かせてやるよ……」




 ――真っ直ぐに直したその背を丸め、ただ沈黙するジル・ド・レの背後より、最後の最後の魔力を『げん』に込めて、巨大な黒の大太刀を振り上げたシクスが走り込んでいった――


「コイツで俺もカラッきしだ……死ねよニンゲンッ!! この俺の“悪夢”で――!!」


 黒の軌道を残して振り落ちるシクスの大太刀。その脅威が反応も示さない敵将の背を真っ二つにせんと接触しようとした


 ――――その刹那


「お前達は罪無き少女を火刑に処した――」

「は…………ッ!!」


 精悍せいかんなる目付きをしたジル・ド・レの眼光が、背中を捻って180度回転しながらシクスに向き直っていた――!


「ぐ……ンッ――!!」

「コノ……ッてめぇ、何処までしぶてぇんだっ!!」


 そのまま肩口から斜めに切り裂かれていったジル・ド・レ。文字通り体が真っ二つになるかの様に切り開かれる……しかし彼は、崇高なる騎士道にその身を支えられ、激烈なる斬撃を振り切られるその中途で、ショーテルによって斬撃を止めたのだった。


「げ……ぅっ!!」


 ……血を吐いたのは、振り向きザマに切り放たれていた斬撃で身を刺し貫かれたであった。

 その衝撃的なシーンに、遠くよりセイルの悲鳴が上がる。


「シクス――――っ!!」


 上体をバックリと裂かれたジル・ド・レの身より、シクスの『げん』によって形となっていた大太刀の姿が霧散した。

 ――それはつまり、シクスの中の魔力が消失した事を意味していた。


「お前……たち、は。罪無き少女を……火刑に、処した……」


 肉の内部を露わにし、その臓物を溢れ落としながら、ジル・ド・レはフラフラとシクスへと歩み寄っていった――


「魔女と……断じッ……何よりも尊い……」


 意識を繋いでいる事が信じられない程の手傷を負ったまま、ジル・ド・レは血の噴水を肩口より噴き上げてシクスの前に佇む。


「逃げて、シクス!!!」


 まだ微かに吐息をしながら膝を着いているシクスへと、セイルは叫んだ。


「…………っ」


 しかしシクスは動けない。その場に倒れ込まずに踏み堪える事が、彼に出来る最後の足掻きであった。

 ――そしてジル・ド・レは、“聖騎士”として立ち返った光の最中で、輝かしき正義の渾身を横に振り放った――

 螺旋となったショーテルに纏う様に、微かな“捻れ”が発生してシクスを直接切り上げる!


「――――が……ぁ――――っ……」

「――変え難き、“奇跡”の……結晶……ヲッッ!」


 宙を舞ったシクスの体が捻れ、その身はもう二度とは立ち上がれない程に――


 

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