第383話 ニクヅメ


 体を捩りながらショーテルを引き絞っていったジル・ド・レは、おぞましい霊気と共に声を上げて突っ込んで来る羅刹らせつの群れに小首を傾げる。


獅子ししニ出来るからト、ソレガうさぎにも可能ダと?」


 怨霊の風がジル・ド・レを包囲したその瞬間、彼はまぶたをカッと見開いて魔力を解放していった――


「『ねじれツィィスト』――ッ!!」


 ジル・ド・レの周囲にまだらに開いた“捻れ”の空間。


「ひ……ィィ……ィィイイ」

「ぁ……ぅア……ィ……っ!」


 迫り飛び込んで来る怨霊の風と共に、ジャクラの肉体が捻られ、肉を千切られる。


「なニ……?」


 ――しかし、ジル・ド・レは、そう声を上げて眉をしかめる事になった。


「ぃい……っぃいいイイっ!!」

「ひぃぃぃ……ぁぁ゛ぁぁ゛――!!」

「ワタしの“捻れ”に……抗ッて……イル?」


 複数本の腕が絡まって極太になったジャクラの剛腕。肉が捻れ弾け飛んでいくのも構わず、僅かに原型を残した巨人の拳がジル・ド・レの頭上に迫る――


「なんト強引な……っ!」

「ひっ……ぃぃいいアッ!?」


 後方へと飛び退きながらショーテルを振り抜いたジル・ド・レ。そこより飛んだ斬撃がジャクラの拳を切り落とし、その背後に控えていた“捻れ”に侵入して軌道を変えると、ジャクラの全体を細切れにする。


「れロ――――ッ?!」


 ――してやったりと目を剥いたジル・ド・レ。だがすぐに覆い被さって来たのは、怨霊達の醜い叫声であった。


「オぅろろろ゛ろ――!!!」

「ぃいい……ひぃぃぃイイイ――!!」

「ここで魔力ヲ使い果タす気か、人でナシッ!!」


 ジル・ド・レを包囲した羅刹の群れが、我が身を省みずに捻れに突っ込みながら、四方八方より攻撃を加えてくる――


「……ッオノレ!!」


 残った魔力を盛大に散らすシクス捨て身の賭けに、流石に狼狽ろうばいしたジル・ド・レは、ショーテルを振るいながら新たな“捻れ”を巻き起こそうとした――


「『ねジツイす――ッがハァ!!」

「ヒィィイイイッ!!!」

「ア゛ァァァ!! アッアッぁぁあ゛!!!」


 激しい血飛沫の歪む“捻れ”の中で、揉みくちゃになりながら渦より這い出したジャクラの拳がジル・ド・レを打った!

 ――全身を捩りながら血を噴き出し、宙を舞い上がった暗黒騎士。更には追い討ちをかける様にして、白目を剝いた男に怨霊の群れが取り巻く――


「「ぁぁぁぁ……ぅぼろ、おろろろ」」

「ク――っくィィいいッ!! コ……このッ!」


 邪気に纏われたジル・ド・レが、不透明なる生気を吸い上げられていく。失神しそうな酩酊めいてい感が彼を襲うが、強く歯軋りをしてしかと気を留める。

 

「こんナ無茶な無策デっワタしを仕留めラレると――ッ!!」


 振るわれた斬撃が怨霊を叩き落とし、地に墜落したジル・ド・レへと、四肢を欠損したジャクラが追撃を仕掛ける――


「――オモッタのカ!!!」


 苦痛に唸りながら眼光を上げたジル・ド・レ。彼の纏う暗黒の妖気が爆ぜる様にして力を強めると、八方より迫る悪鬼の群れが一瞬にして――


「『渦巻きスパイラル』――ッ!!」


 ここに来て秘策を放った邪悪の騎士――彼を中心にして周囲一体に巻き起こった巨大な“捻れ”。それが幾重にも重なって強烈なる回転を巻き起こす“渦”となり、強引な抵抗を示していた鬼をも一呑みにしてしまった。


「勝負所ヲ……見誤っタな、愚図ョ! 貴様の悪夢ハ消滅したゾ、もう貴様に魔力は残サレていまい!」


 残る余力を振り絞り、シクス最後の策を打ち破ったジル・ド・レ。しかし彼もまた魔力をほとんど使い果たし、その全身を軋ませながら暴走する力の反動を受けて血を吐いた――

 悪鬼が悲鳴を上げて渦へと消えて肉塊となる。


「レ――――っッ!!!?」


 そう“捻れの異形”が声を上げていた。それは彼が見上げた視線の先、何処を捜しても姿からだった――


「ドコだ……っえフッ、く……! 何処に隠れた人でなし!」


 強烈なる大気の渦巻き。触れるものを微塵みじんに変えて、消え去る事も無く回転が回転を強めていく“歪み”の極みの中心で、ジル・ド・レは血走った視線を必死に周囲に向かわせた。


「何処に潜もうとムダでアルっ! コノ『渦巻きスパイラル』が発動スレば、キサマら“歪み”はスベテ無に修正サれるのだ!」


 怒りに震えたジル・ド・レが地団駄踏んで絶叫する。すると回転を強めていった渦巻きが、景観を全て変え去ってしまう程に強く吹き荒れていった。


「アァァああ゛ッッ!! ナニヲシヨウト無駄デアルッ!! 醜く穢らわしい下民はスベテッ! 愛しきジャンヌの為ニ、この渦巻きスパイラルに改変サれるのだ!! 死ねッシネッッLOVEのタメニッ! このっ、ワタしノッ!! LOVEの為にぃイイ!!」


 ――狂乱したジル・ド・レが血の涙と共に空を見上げていくと、赤く変貌した天に現れたが、シクスの声を垂れ落とす。


「絵に描いた様な高慢ちきだぁ……それでこそ踏み潰しがいがあるってもんだ」

「愚図メぇッ、姿を現せっ!!」

「はぁ? 俺は自分の姿を偽れねぇ、自分の周りを良く見てみろよ」


 ジル・ド・レから見えるのは、強烈なる渦によって歪み切った雑多な景観のみである。そう、彼は周囲一体を呑み込む自らの『渦巻きスパイラル』によって、周囲を満足に見渡せなくなっていたのであった。

 それはシクスによる目論見でも何でも無く、狂乱したジル・ド・レが引き起こした自滅であった。


「ア――――!!!?」


 そしてジル・ド・レが気付くのは、乱心した将より逃げ惑い、群れとなった騎士達を包み上げたボンヤリとした。それは余りにも巨大で、千の白き騎士達の甲冑が忽然こつぜんと姿を消した様に彼には知覚された――


「転移マホ――――ッ!!?」


 ――それは未だ地に伏せたセイルが引き起こした、であった。


 すると空に開いた夢の口が、涎を垂らして舌舐めずりをし始めた――


「ヒヒ……ヒっひひひ、どれだけ巨大なプロペラも、……?」

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