第382話 “兄貴”ならきっと……


 渦巻き始めた妖気の中心点に向かって、分裂したジャクラの群れが飛び掛かり始めた。


「ぃぃいあいぁぁっ!!」

「きぃぃいィィ!!」


 奈落より叫び上げるかの様な恐ろしい声がジル・ド・レを包囲すると、長き髪より落ちた白い腕が自在に伸縮してジル・ド・レを襲う――

 だがそこで、ジル・ド・レの渦巻いた視線がジロリとシクスへと向けられた。


の問題デは無いと……マダ気付けないのか、低脳メ」


 振り抜かれたショーテルより放たれた斬撃が、ジル・ド・レの周囲に開いた捻れの大気に侵入して斬撃を変化させる。


「ヒィィ……ぃいっ!!」

「ソレニ加え、臓物を捻り裂かレタ自らの行く末サエ理解出来てイナい様だ……レロ」


 飛び交い反射を繰り返した斬撃が、見事にジル・ド・レを避けながら無数の腕を中間で切り落としてしまう。ボトリと落ちたジャクラの蠢く手先が、即座に肉を膨れ上げて再生しようとするが――


「『ねジレツイすト』」


 大地毎に捻り上げられた空間に圧縮され、ミイラの様な形となって絞り、千切られながら霧散していった。


「ぐフッ……!!」


 足を止めたジャクラ達の間で、大量の吐血をしたシクスが腹を抑え込んだ。やはりそこから溢れ返る流血が止まらない。

 ――それもそうだ、シクスは先のジル・ド・レの一撃で、腹の中の臓物を無理矢理に捻じ裂かれているのだ。

 顎を上げながら首を回したジル・ド・レが、呻くシクスを見下ろしながら笑ってみせた。


「あっひ、アッヒヒヒ良いザマではなィか」


 だが言葉を返す様にその場に落ちたのは、微かに震えたならず者の声であった。


「気色のわりぃその目にも、俺にとって都合の悪い事はしっかり見えてるんだなぁ」

「あひっヒ……デアルな。して、キサマの忌まわシい目にはナニが映っていル? “死”か、“絶望”か、“無力”か“歪み”ヵ?」

「かっははは……」


 かすみ始めたシクスのオッドアイは、未だ勝ち気にジル・ド・レを見返して舌先を見せた。


「…………っ」


 ジル・ド・レが自らの魔力を確認する様にして視線を落とす……空間に起きた“歪み”が、大気の“捻れ”が僅かにその回転力を弱めている。

 歯噛みしたジル・ド・レは、再びに魔力を噴き上げながら大気の回転力を取り戻す。だがそれと同時に、彼の口元や目元より、肉体を酷使した代償としての綻びが垂れ始めた。

 足元をフラつかせたジル・ド・レが、強烈なる眼光でシクスへとショーテルを向ける――


「目上の者の足元バカリ見て……やはり下民はクダラナイ! ……わタしと愚図との力の差ヲ、下賤げせんト貴族とノ間にアル越えられぬ壁ヲ見セテやる」

「ハッ、ムキになるなよ。俺とは話しのレベルが合わねぇんだろ? 黙って笑い飛ばせば良いじゃねぇか」

「……っ!!」


 赤面したジル・ド・レが、歯牙を剥き出して感情を露わに声を荒らげた。


「ダマレッ!! けがれ人が高潔に口出シをスルなっ!!」

「ヒャッハハハ……どっかで言われた台詞だぜ、俺は飯に毒を盛られる程メチャクチャ嫌われてるからなぁ」

「ワタシを弄んでいるツモリかっ! 強がるのもイイ加減にしロ……現実に干渉するキサマの“夢”コソ何時まで保つトイウのかッ!」


 ジル・ド・レの言う様に、『げん』の制約を超えて実態の悪鬼を呼び出すシクスの『鬼畜門』は、術者に相応の魔力代償を支払わせる。加えて致命傷を負ってもいる。どれだけ強がって見せようと、彼の限界が近い事もまた明白なのであった。


「『捻レツいすと』――!」


 ――更に明確な事と言えば、それはこの両者の戦闘に置いて、明らかに劣勢であるのがシクスであるという事だ。

 ジル・ド・レの周囲に巻き起こった旋風。空間に開いた“捻れ”が、数体のジャクラの胴を捻り切ってそのまま肉塊に変えていった……


「愚図よ……貴様ハこの“ネジレ”の前に、わたシに近付くコトさえも出来ナいでイルというのニ!」

「……チッ」


 景観を捻じ曲げる、巻いた強烈なる渦の連続。ジル・ド・レの周囲にひしめく攻守共にしたその奇怪な能力をどうにかして掻い潜らなければ、シクスは敵に攻撃を加える事は愚か、満足に身を守る事さえ叶わないであろう。


「捻れか……渦、プロペラ、螺旋、捻じ巻き……こいつをどう攻略する……オッサンが居ればなぁ、頭を使うのは俺の専門じゃねぇっての」

「ナニをぶつくさト、念仏でモ唱えてイルのか?」

「兄貴ならどうする、兄貴なら……」


 ジル・ド・レがシクスへと歩み始めた。近付く驚異は全て渦巻きに呑み込まれ、彼の歩みを止める手立てが無い。


「…………」


 目前にまで迫った捻れ、圧縮される風がシクスの前髪を吸い込み始めたその時――


「……フッ」

「ナんだ……?」


 シクスは何か馬鹿らしくでもなったかの様に、緊張しきった表情を緩めて鼻で笑った。


「イカレタか、貧民が」

「“イカれたか”なんて……テメェにだけは言われたくねぇ台詞だぜ」


 “捻れ”の驚異を前に、シクスは残る魔力をジャクラ達へと注ぎながら、怨霊の雄叫びを強くしていった。


「ン……?」

「なぁ〜に気にすんなよ、まともに考えるのが阿呆らしくなっただけだ」

「死ぬカクゴが出来たト……?」

「バァーカ、ちげぇよ」


 ジャクラが暗黒の視線を立ち上げると、彼等の体躯より垂れ下がった無数の腕が集い、極太の右腕と左腕を形成していった。

 そしてシクスはというと、右の赤目を歪ませながら、天に切っ先を向けたダガーで自らの左目を隠して破顔していた。


きっとこうする……」

「……ソレは愚策であロう。やはり頭脳は猿なみカ、下民」

 

 ならず者が何をしでかそうとしているのかに検討を付けた様子のジル・ド・レ。

 そして完成された剛腕を振り上げ、ジャクラは“捻れ”へとバカ正直に突っ込んでいった――!

 

「ひっははははッ、俺もそう思うぜオカッパ! だけど兄貴は、いつもこうやって強引に窮地を切り開いて来たッ! なぁ、付き合えよジャクラ!」

「ィィぃ、アァアアアア――ッ!!」

「ヒぃ……ィィイイ――っ!!!」

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