第381話 羅刹と成りて歪みへと


「フォオオオオッキサマァァァわたシを愚弄してイるのかッ!!」


 風巻が起きる程の大気の圧縮が繰り返され、シクスの頭髪が空へと乱れる。


「なに気張ってんだよオカッパ……お前だって分かってるんだろ? 死んだ人間がもう二度とは帰って来ない事」


 囁かれたシクスの声にギクリと顔を強張らせたジル・ド・レ。しかし彼は決してそれを認められないかの様にガタガタと揺れ始めた。


「ソンナ事は無イ……淑女はキット蘇る、歪んだ史実を修正すレばっカナラズ!!」


 彼がムキになるのも無理の無い事であった。何故ならばこのジル・ド・レという男はかつての前世に置いて、ジャンヌ・ダルクを火刑に処された衝撃をキッカケにして闇へと堕ち、罪の無い140もの子どもの命を奪って、ジャンヌ復活の為の黒魔術のにえとしていたのである。

 ――そんなオカルトに傾倒する程に、この男はジャンヌ・ダルクを溺愛し、そして心酔していた。それは今も同じ事なのである。


「罪無キ無垢むくの魂ヲ捧げれバ……ソウダ、以前は数が足りナカったのだ、もっとモット多くのコドモの魂ヲ捧げれバっ」

「お前は本当に……ろくでもねぇ奴だな」


 シクスの前へと歩み出した巨大なる異形――ジャクラが、冷たい怖気を迸らせながら空へと吠え始める。


「ヒィィいいいいぁ……ぅぁ……ァァ……ぃぃいいいいいい!!!」


 まるで地獄の釜を覗いているかの様な助けを求める声が何処より湧き上がりながら、悶え苦しむ人間達がジャクラに取り巻く。


「ぃぅ……ぁ……ぁぁ……っア!」


 体を覆った長き毛髪より生白くて長いジャクラの腕が何本も現れ、取り付く亡者を掴んで口元へと運んでいく。肉と骨を咀嚼するおぞましい物音に包まれたジル・ド・レが流石に苦い顔を露わにしていると、シクスは胸の前に掌を合わせて破顔していった。


「まぁ俺も人の事は言えねぇか……ッ」


 ――――パン。


 ……と、掌を打つ音が響いた。

 そしてシクスは、空へと髪を逆立て始めたジャクラへと命じる。


「『幻妖げんよう』――」


 ジル・ド・レが驚愕する間も無く、ジャクラの無数にあった生白い顔が、毛髪を連れてボトボトと地に落ちていった。


「ぃぃいい……ぃいいイイ――ぁィィあ」


 各々に笑い出した幽鬼が、肉を膨れ上がらせながらそこに“体躯”を完成させていく――


「それが奥の手カ……? 本当に趣味ガ悪いな、人でナシ」


 ――顔の数だけ分裂した冥界の悪鬼。彼女達が噴き出した怨霊の霊気が、大気を歪めたジル・ド・レの周囲に満ちて“捻れ”に拮抗を始めていた。

 ピタリと歩みを止め、その全身を過剰に捻り出したジル・ド・レ。彼より滾る黒き邪気もまた、勢いを増して霊気を押しやり始める。


「それはお互い様だろうが……オカッパ」

「わタしは趣味モ悪クないシ、貴様ト違ってこの上ない“人間”だ……愚図とのカイワは何時まデも交わラナい……思考の品位に致命的な落差がアル為に……平行線だ」

「ヒッハハハ! そうだな貴族様、だから俺達はこうして殺し合うんだろうが……ッ」


 “邪悪”と“奈落”がしのぎを削り、総毛立つしか無い陰鬱なプレッシャーがぶつかり合う。

 

「捻り裂キ、歪んだ事実を改変スル……わたしは、ワタ、わたワタ……キサマを捻ってッ史実を捻ジ曲げテッ、ジャンヌを、LOVEヲこの手にトリモドスッ!!」

「言ってる事全部狂ってるって、そろそろ気付かねぇのか? ――ああッッ!!?」


 舌を見せ、右の赤目を輝かせた半人が、異形の怪異と化した“歪み”へと、羅刹らせつの群れとなって走り出す――

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