第380話 人でなしの“生き方”


「アヒ……あっひひ……アッヒヒヒヒヒ!!」


 シクスの全貌を目撃してしばらく黙していたジル・ド・レが、肩を震わせながら彼を嘲笑し始めた。


「混血……コンケツかおまえ……アッヒ、通リデ……見るも耐え難い“忌み子”であったカ!」


 人とロチアートの間に産まれ、親の顔も知らずに貧民街に捨てられたシクス。彼が人にもロチアートにもなれなかった忌まわしき“混血”だという事実を知ったジル・ド・レは、その全身を愉快そうに捻り上げながら腹を抱えた。


「ひひひっひ……あっヒヒヒヒヒ、ソレデ、それでか……それは大層ダロウ……っ!」


 下卑た笑い声を聞きながら、シクスは静かに瞬きをしてジル・ド・レを見据える。


「よもや家畜であッタとはな……アヒ、言うなレば私とオマエには天と地ほどの差があるワケだ」

「……そうだな貴族様ぁ、アンタは俺にとって雲の上の様な存在だよ」

「産まれ持って名家中の名家の貴族デアルワタシと下衆ノお前では、本来こうして話を交わすどころか、同じ土地で呼吸をスルコトさえあり得なかった……ヒヒ、それが今、ナンノ因果かコウシテ殺し合っている……コッケイ」


 涙を流す程に笑い狂う声が響く――

 人を見下したジル・ド・レの態度を前にしても表情を変えなかったシクス。しかし内実は憤慨でもしているのか、敵を襲う無尽蔵の悪夢の勢いが増していた。


「お前の言う様に、人としては勿論、ロチアートとしても受け入れられなかった俺には、そのさえが分からなかった」

「あっひひひひひ!」

「自暴自棄になって、そりゃあ大層暴れたよ……人もロチアートもみんな死んじまえって、殺して奪って切り裂いて、キヒヒ……立派なならず者の完成さぁ……そんな事ばかりしてっと、俺は何処のどんな奴にだって嫌われる鼻つまみ者になっていた。俺と他者の間にある溝は何処までも深くなっていって、俺はますますと自分という存在と、その生きる理由さえが分からなくなっていった」


 シクスの『げん』によって猛然怒涛と襲い来る悪夢を、ジル・ド・レは造作も無い様にショーテルを振るって屠り散らしていく。


「憐れだナぁ愚図よ……人の生涯ナド、大方は産まれ持った時点でキマってイルノダっ」

「ああ〜そうだなぁ……だがなぁ、そんなどうしょうもねぇカスの俺に……生き方を示してくれる人が現れたぁ」

「……?」

「それが兄貴だ」


 細い目になったジル・ド・レが、確かな煌めきを宿し始めた人でなしの眼光に気付いてキッと口を結んだ。


「兄貴は俺のこの目を見ても、自分と同じ“人間”だって言ったんだ……“何が違う”ってけひひ……お前達じゃ考えもつかねぇ台詞だろう?」

「ソレがなんだとイうのだ人でなしめ……何処かで聞いた様な台詞だ。平等主義者というクダラナイ存在ハ、何時の時代ニモのさばっている、オマエはただそれだけの浅はかな台詞に感銘をウケた愚かな道化に過ぎン」

「ああそうかいオカッパ頭……お前は自分の生に生き甲斐を与えてくれる存在に……出逢えなかったんだなぁ」

「ぬ……」

「俺はそれでも……例え道化になってでも思ったんだ

 ――って」


 シクスの赤目が空へと滾る。ジャクラの咆哮と共に巻き付いた怨霊が、断末魔の様な叫声を轟かせていく。


「俺は兄貴の為ならジル・ド・レ……あの人の為に生きると決めたんだ」

「死ねる? ズイブンと安っぽい台詞ダ、他者に自らの生命を預けるナド……」

「ハッ、別に珍しい話しでもねぇだろう? テメェがジャンヌ・ダルクとかいうガキを崇拝してんのと同じだ。お前はあの女の為には死ねねぇのかよ?」


 するとジル・ド・レは、顎に手をやってウンと頷き、これまで見せた事も無かったかの様な感心した表情をシクスへと向けた。


「ナルホド……そういう事であッタか、うむ……わタしが淑女を思うのト同じ……おな、オナジ……おな、おな…………オナ――っ」


 ネジの切れた機械人形かの様に、その上体を前後に激しく振り乱し始めたジル・ド・レ。

 ――そして彼は、次に顔を真っ赤にしながら激昂していた。



「――ッッオナジナ訳がアルカァァアッッッッ!!!!?」



 ジル・ド・レを中心にして渦を巻いた空間が、近付く幻夢を呑み込んで粉々に潰していった。圧縮されていく大気に風までもが吸い込まれていく感覚がある。

 腰を曲げ、その相貌を上げ、ショーテルを構えたジル・ド・レが血の涙を落としながら顔を痙攣させた――


「ワタシが乙女をオモウこの気持ちトッッ!! 狂い千切レルかの様な純愛トッッキサマの様な愚図の思いガ同じであるとっ!?!! オモイアガルナァィア!!!!」

「ひひ……キレんなよ、ノリノリだったじゃねぇか」


 命を屠る渦巻きの脅威が拡大していくのを目前に感じ、シクスはダラリと舌を出しながら瞳を弓形にしていった。


「始めようぜ……愚者と華族のコロシアイを……っ」

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