第379話 人にもロチアートにも成れなかった
「私も少し回復したらすぐに戻る……だからシクス、少し耐えて」
「無理するなって嬢ちゃん、俺に任せろ」
懐より煙草を取り出したシクスは、火を灯して一吸いすると、口元より紫煙をくゆらせて空へと投げ捨てた。
「兄貴にゃお前が必要なんだからよ……ここで死なせる訳にはいかねぇ」
腹を抑えてよろめいたシクスが、蒼白くなった顔で不気味に笑ってみせた。
「シクス……」
「っシャア! んじゃぁいくとするかぁ……あの頃夢見た、
言葉を無くしたセイルが、垂れた髪を後ろにかき上げていくシクスの背中を見つめていた。
「ふぅ……」
一度息を整えたシクスが、掌に付着した
「歪ん……だ史実ヲ捻じ曲げテ……ゎタシは淑女を取りモドス……婚姻の契りを交わシた、あの純血を」
うねる様な景観に紛れ、ジル・ド・レが四肢を捻り上げながら地形と生命をグチャグチャにしていく。“捻れ”に呑み込まれた物体はまるで雑巾でも絞ったかの様な無惨な姿で投げ出されている。
「れろ……れろれろれろ、キッスはドウヤッテするンだったか……な? アッヒヒ」
螺旋になった舌を上下するジル・ド・レは、最早人と表現しない方が適切であるだろう。底知れぬ暗黒にあてられたシクスであったが、ジャクラと共に前へと踏み出した。
「なぁどうしたんだよその醜い姿」
渦を巻いた眼球が、ジロリのシクスの方へと差し向く。
「私がミニクイ……? ソウ見えるのは、キサマ達の方が歪んでイルからだ」
怨霊を纏い上げたシクスが、右の赤目を強く発光させながら駆ける――
「そうかい
腐乱した肉の異形達が地より這い出し、赤く変貌した空に無数のロチアートの眼球が開く、そして地には鋭い牙の口が現れてケタケタと笑い始めた。
「いィッヒヒヒ!! 勿体ねぇ……ッ!!」
「家畜ョ……そうか、貴様は人間に
「――っはぁ? なに寝言言ってんだ」
ジル・ド・レの足下より現れた肉塊が覆い被さるが、ソレは即座に絞り上げられて血を辺りに撒き散らした。
「本性を隠すな愚者ョ、れろ……キサマはロチアートとして産まれ、食料トシテ喰われる事を当然と強いラレ、人に憧れた……思わず溢れル言葉の断片より、ソレハ明らかであるあっヒヒヒ」
ジル・ド・レが放った強烈なる斬撃がシクスへと迫っていた――だが彼は逃げ惑う事もせずに、ただ眉根を下げて口元を緩める。
「ヒャッヒャハハ……
「レロ……何ガ言いたい、キサマはカースト最底辺の家畜ナノだろう?」
「そうならどれだけ良かったか……あんなに
「ハ……?」
――直撃を免れぬ速度でシクスに迫った斬撃が、土煙を立てて大地を抉り取った。
「ヒィィいいいい……ぉ……おぁ……!!」
「――! ミ、見るモ無惨な奈落のバケモノめ」
シクスの背後より開いた暗黒より、長き頭髪が彼を絡め取りながら前方に腕を突き出していた。白く長いジャクラの腕は切断されて地に落ちるが、威力を弱めた斬撃は蠢く黒の毛髪に絡まれてやがては消失していった。
「お前、一つ間違ってるぜオカッパ……」
「ワタシの……斬撃を」
巨人の全身を覆った毛髪より、無数の腕が伸びてジル・ド・レを手招きする。そして頭頂部より垂れ下がって来た無数の顔面が、この世の者とは思えぬ怖ろしい顔をして、彼を冷笑した――
「最底辺ってのはロチアートじゃねぇ」
打ち消した斬撃の衝撃で、左目に当てていたシクスの眼帯がブチリと千切れて風に流れていった。
「カースト最底辺……生命体としての最下層って言うのは――」
「な……ぁ――――?!」
ジャクラの放つ怖気と、現れたシクスの
「――人にもロチアートにもなれなかった……この
シクスの右の赤き虹彩が、左のブラウンの虹彩が、混じり合いながら真っ直ぐにジル・ド・レに向けられる。
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