第377話 とぐろを巻いた血と肉の成れ


 全身を捻じ曲げる妙な男を中心にして、渦を巻いた大気が占拠して生命を捻り潰している。


「あっひひ、アッヒ……れろれろ」


 正気を失して鼻血を噴き出す様からも、ジル・ド・レが自らの身を省みずに魔力を暴走させている事が分かる。


「身体がねじれ――ッ?!!」

「たすけ助けタス――ぎょッパ?!!」


 敵も味方もなく捻じり殺されていく命。広がっていく歪んだ景色は、見る者に酩酊めいていするかの様な感覚さえ与えている。

 逃げ惑うだけとなった大群の中心にて、赤目を灯らせた二人のロチアートがジル・ド・レに相対する――


「底無しの魔力を絞り切ってるよ。このまま私達と死ぬ気だよアイツ」

「チッ、ヤケっぱちかと思ったが……ゴホッ、このままじゃ奴の心中に突き合わされちまう」


 流血の止まらぬ腹を抑えて苦悶の表情を見せたシクス。発光する右の瞳に共鳴してジャクラが猛る。


「こひぃぃぃいいいいおおァ!!!」


 怨霊の風がジル・ド・レへと吹き込むが、渦を巻いた大気がそれを阻んで近付けずにいる。


「だがよぉオカッパ! 今のお前に俺の夢から醒める手立てはねぇ!」


 シクスが緩く口角を上げて踏み出す――


「『幻無げんむ』――ッヒハハ!!」


 ――ジル・ド・レを襲う夢は、言葉の通りの“無”であった。


「ねじれロレ……れ……――――」


 そう囁いていたジル・ド・レ自らの声が、中途より本人にも聴こえなくなっていた。


「――――?」


 口元を動かすその“感覚”も、血の雨が映り込むその“視覚”も、皮膚が千切れて臓物の飛び出すその“音”も――

 全てが“無”となり、ジル・ド・レは虚空へと投げ出された。


「――――……」


 無音となったその悪夢の中で、セイルは魔力を払い除ける『邪滅の炎レペル・ブレイズ』――その炎の大翼を躍動させて、自らに干渉した術より抜け出した。


「私達を見失ってる! 今だよシクス!」

「アッヒャヒャ! 次に切り刻まれるのはお前だぜオカッパァ!」


 空に無数のダガーが現れ、隙間も無い程に大挙すると、次の瞬間には風を切ってジル・ド・レへと迫り始めた


「……――――……」


 ――無論そんな刃の雨はジル・ド・レの知覚するところでは無い。彼の世界は今、音も光も感覚さえも無い虚無に満たされているのだから。


「串刺しになって死ねよグズがぁ〜……あぁ? つっても聞こえてねぇか〜ヒャッヒャハ!!」

「見えてさえいなければこれだけの数の刃はいなせない……あっはは! 早く殺そうシクス!」


 シクスとセイルのみが自由に出来る虚無の最中で、二人はせせら笑う様に声を交えながら狂った騎士の最後を待ち望む。


「え……っ」


 セイルの視線のその先で、無音に包まれたジル・ド・レが、大口を開けて空へとき始めていた。


「おい――ッオイオイオイ……っ無茶苦茶やりやがるッ!!」


 驚嘆したシクスが認めるは、シクスの“夢”さえも醜く捻じ曲げ始めたの景観。途切れ始めた『幻無』の影響により、狂ったジル・ド・レの叫声がブツ切れに聴こえ始める――


「歪…………んデ……ジャンぬ――――居ない……ナド……ワタし……オマエタ、死に絶え、ロッッ――!」


 ――遂には『幻』をも捻り破り、悪夢より立ち返った暗黒騎士。血の涙を溜めた眼球がギョロリとダガーの降り注ぐ天へと差し向いて――


「『とぐろ』!!!」


 強烈なるとぐろが、ジル・ド・レの身ごとに包んで渦を巻く。降り注いだ刃の雨が歪んだ大気に沿って軌道を捩り地に落ちていった――


「自滅しやがったか!?」

「いや違うよシクス!」


 鋭利の嵐過ぎ去ったその場に、より這い出した血濡れの男が吐息を荒ぶる。


「れろ……レロレロ……あ……ヒ、ギ、ぎぎぎ」


 ――そこに立ち尽くすは、四肢も胴も指先さえもを歪ませた異形の姿。彼が元人間であった事さえが疑わしくなる様な、肉も骨も血も捻れさせた醜きスパイラルの成れ。

 ゾッとした面相のセイルが、眉をしかめながら変貌した生命を凝視していく。


「あ、あれ……生きてるの……かな?」

「ゴ……コキ……ガッ……レロえろえろレッ! 愛しのジャンヌ、最愛のッ」

「……残念ながら生きてるみたいだぜ、あんな哀れな姿になってもよ」


 ――吸い込まれるかの様な渦巻きの目が、邪悪をほとばしらせながら前を見据え、とぐろとなった刀身のショーテルを奇怪な姿勢で構える。


「かち……家畜風情が……淑女に触れたコト、じ、人類の奇跡に愚かな敵意を行使したコト……ユガンダ歴史ヲ、ヲヲ、ヲ――排除シシシシシシテ、辿るベキで無……結末ハ――!」

「おいおい……ヤベェなアイツ」

「うん……気持ち悪い」


「――全てコノ“とぐろ”のナカへ……!!」

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