第374話 焔の巨影


「ギャァァァ!! ギーよ!! ジャンヌをお守りシロッ!」

「アンギャッ?!!」

「なんとしてデモっ!! ワタシのジャンヌヲォッッッ!!」


 振り下ろされていくバカでかい刀身が、光の御旗を揺らすジャンヌ・ダルクへと迫っているのにギーも気が付く。


「ヒョオオオエエエエッ!! 乙女オトメッ!! 間に合うかッ!!」


 風を切った黒線の驚異が、大地を割る勢いで降り落ちて来る!

 飛び出しそうな目で肩を跳ね上げた青年が、決死の形相でペンを握る。


「“愚鈍ぐどんなる幻影は砂塵に吹き飛ばされて消える”!!」


 そう記すと同時に巻き起こった砂塵の大竜巻が、空より落下してくる幻影の刀身を、ジャンヌの元にまで届く寸でのところでかき消した。


「アギィィイア!! 間に合った、間に合ったぞ兄者!! 俺は乙女を守ったぞぉおお!!」


 絶叫するギーを眺め、ジャンヌは光の御旗を空へとひるがえしてニコリと微笑んだ。


「危なかった、助かりましたよギー」

「――ッッッホァ!!」


 憧れのジャンヌその本人より向けられた視線、そして可憐なる魅惑みわくの声に、ギーは涎を振り撒いて半狂乱としながら全身の肉を脱力した。


「乙女ッガッ、おお、オレニおおオレッッッ!! ホォエェエエエエエッ光栄至り光栄至りッアアァァアアア!! “華麗なる乙女は誰でも無い俺ギー14世・ド・ラヴァルを確かに見据え少なくとも今その時淑女の世界には俺しか存在しなかった彼女の永き生涯の漠然と続く“時”にただその一瞬コンマの数秒であったとしてもこの瞬間があった事をラヴァル家は生涯の誉れとして永世語り継ぎ――”」


 高く噴き上がったギーの鼻血を横目に、殺意を宿したジル・ド・レの恐ろしい視線は、奇策を失敗に終わらせたシクスに差し向いていった。


「チッ……駄目だったか」

「駄目だったかでは無いッ!! この下郎がぁッッ!!」


 ジル・ド・レより放たれて来た強烈なる斬撃が、シクスへと炸裂して全身を切り裂いた――


「ッ――――ァガ!!」

「自分が何をしたのかッ!! 誰ともない神の使徒へと刃を差し向けるとハッ!! 許せんッ絶対にぃいい!!!」


 ジル・ド・レが先程まで纏っていた重厚なる風格は跡形も無く消え去り、赤面する彼の脳内には最早、敬愛するジャンヌ・ダルクという少女の事しか無い。

 彼の信仰と崇拝の紛れも無いまでの対象である少女に牙を向けられたジル・ド・レは、その事実に狂乱しながら我を見失って怒り狂った。


「貴様だけは地の果てまでも追いかけ回しッその全身を大気の捩れへと投げ込んでやるぞッッ!!」


 ジル・ド・レの飛ばした斬撃をモロに喰らったシクスは、致命傷ともなる深い傷を腹に刻んで血を吐いた。

 ――身動きを止めざるを得なかったシクスへと、ショーテルの極度に曲がった刀身が向く。


「これで終わりだならず者!! 『ツイ――」


 大気を捻ってシクスの身を引き裂こうとしたジル・ド・レが、技を放つ途中で放心した――


「――――!!」

「フヒ……フヒッヒッヒ」


 絶句したジル・ド・レが眺めるは、致命打を喰らい、次の手も無い筈の一匹の家畜。

 息も絶え絶えな様子のシクスは、血濡れた口元を吊り上げてこう言い放った――


「それで守ったつもりかよ」

「な――――!!!」

「何か忘れてるんじゃねぇのか? 貴様等にとって決定的となる――を!!」


 残り僅かな挙動を示すだけであった技を中断してまでも、ジル・ド・レは勢い良く振り返っていた――


「は――――!!?」


 そして絶句した男が息を呑んだのは……


「なにが、なんだそれは……ナンダト聞いているゥ!!?」


 周囲に満ちた逆巻く黒炎より立ち上った、の姿であった。


「『陽炎かげろう』」


 揺らめく黒炎を背景にしたセイルが構えるは、地獄の業火を灯した大弓。それがギリギリと引き絞られていきながら、光の御旗を振るうジャンヌ・ダルクへと向けられ始めていた――!

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