第373話 泣いて喚けよ人間様


「アッハハハ! 泣いて喚けよ、人間様よぉ!」


 恐怖に慄くだけとなった騎士達へと、ロチアート達の逆襲が始まった。その戦火の中心となる異形――奈落の鬼の巨人が、いよいよとジル・ド・レ達へと鋭い牙を向けて嗤い出した。


「アンギャァァア、来るぞ兄者!」

「怖じけるなよギー……ふん、まぁ良い、お前はジャンヌをお守りしに行け」


 炎に巻かれた商店街をギーが駆け抜けていくと、ジル・ド・レは白い闘気をより一層と立ち上らせながら腰を極度に捻じり、迫るジャクラへとショーテルを向けた。


「確かに……貴様のソレで、足元から震え上がるかの様な怖気が私を襲っている」

「今更何ビビってやがるんだオカッパ、ぁあーん? やれジャクラ!」

「「「ひぃぉおョオオオオオィオオオオオオ!!」」」


「しかし――」


 ジル・ド・レの周囲の大気が強烈にうねり、彼の眼光をも歪ませる。そして曲がった刀身の切っ先が飛び上がった異形へと振り払われた――


「『捻れツイスト』!!」

「「「キォオオオオオッカッッ――――」」」


 中空に開いた巨大なが、ジャクラの巨体をも巻き込んで上半身を消し飛ばしていった。残る脱力された下腿より肉の断面、そして千切れ落ちた頭髪が落ちる。

 勝ち誇ったかの様にして、ジル・ド・レが鼻の下のヒゲを跳ね上げた。


「的がデカくなっただけである……」


 だがそこで、人を小馬鹿にした様なシクスの笑みが漏れた。


「ひっひひ……悪いがソイツは人間じゃねぇんだ。ロチアートにも人にも成れなかった……俺と同じ――だ!」

「ん――――っ!」


 血の海に浮かんだジャクラの下腿、その肉の断面より、ブクブクと肉が増幅を繰り返して小さな顔を無数に出現させていった。


「ぅ――っプ!」

「キモいかよオカッパぁ……上品な世界で生き過ぎたんだよテメェらはぁ!」


 肉を膨れ上がらせながら、苦痛の表情をして大きくなっていくジャクラの肉――その余りにグロテスクな光景にジル・ド・レが吐き気を催しているのを、シクスは愉しそうに眺めながら彼へと駆ける。


「キレイなもんばっかに囲まれて華麗に生きて来たんだろ……羨ましいぜ人間様ぁぁあ!!」


 ――苦しんだジル・ド・レは遂には足元に嘔吐をすると、屈辱を刻んだ様な面相をしてシクスへと照準を定めた――


「『捩れツイスト』――!!」


 馬鹿正直に直進してくるシクスの全身が、歪み始めた大気に気付いて――空へと飛び上がった。


「私の『捩れツイスト』を避けただとっ!?」

「オカッパぁ、テメェの術には発動までのラグがあんだよ」

「……っ!」

「コンマ数秒の僅かなもんだけどなぁ……俺の五感が、お前の起こす僅かな大気の揺れに気付けねぇ訳がねぇ!」


 ジル・ド・レを睨み上空へ飛び上がっているシクス!

 彼の振り上げた黒きダガーが、『幻』の効力によって何処までも伸びていき、やがては数十メートルの巨大な太刀の様相へと変貌した。未だ距離を離していたジル・ド・レであったが、突如としてシクスの射程圏内に入ってしまったのだ。


「く……」


 迎撃は間に合わないと悟ったジル・ド・レが、自らの前に強固な防御魔法を展開する。


「……ふ」


 そしてニヤリと秘かに口角を上げていった。


「飛び上がったのは愚策であったな、ならず者よ」

「――!」

「私の盾が貴様の攻撃を止めたその瞬間、このショーテルは斬撃を飛ばし、かぎの様に貴様を捉えて動きを封じる」

「へぇ……」

「つまりは次に貴様が動きを止めた瞬間。その時がお前の最後なのだ。『捩れツイスト』によってその身を引き裂いてやる」


 上体を捩りながら恐ろしく早い思考で反撃の一手を目論んだジル・ド・レが、右手のショーテルの斬撃を飛ばすのを今か今かと待ち望んでいる。計算高い彼の事であるから、シクスがその場に着地するタイミングと自らの斬撃の速度を逆算して、不可避の一手となるだろう。その後に悠々と大気を捻り、シクスを破壊してしまう事は誰の目にも明らかであった。


「な――!!!」


 だがジル・ド・レはそう声を上げたのだった。


「な、なな!! ナァーッ!!!」


 冷静なる男が、突如として憤怒に塗れながら額に青筋を立てた……それは彼がシクスの見据える視線――つまりはこれより振り抜こうとしていた、妙に射程を余した極大の刀身の“標的”が、という事に気付いたからであった。


「ありゃ、もうバレたか? ひひ」

「き、キサマッ!! 捨て身の一手であったという訳か!!」


 ニヘラと笑ったシクスの視線の先で、光の御旗がそよぐ。激情したジル・ド・レが声を荒だて、心の底より入れあげた少女の身を案じて咆哮した――


「私のジャンヌに手を出すトハッッ!! 万ッッッ死に値スル!!!」


 ――そう。シクスの狙いは始めからジル・ド・レでは無く、彼等の力を飛躍的に上昇させているジャンヌ・ダルクであったのだ。

 それに気付いたジル・ド・レが、豹変した相貌で奇声を発する。


「キサマァァァ!! 偉大なるワタシの淑ッッ女に向かって!! その穢れた視線を向けるなァ!!」

「俺はお前たちの関係を良く知らねぇけどよ……少なくともあの女がでは無いって気がするのは気のせいか……?」


 明らかに狼狽うろたえ始めたジル・ド・レに舌を見せたシクスが、その長大なる刀身の刃を光の御旗に向かって振り下ろす――!

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