第369話 理を超えていく概念
「『
手元に炎の大弓を起こして横向きに構えたセイルは、その照準をジル・ド・レへと定めて引き絞った黒炎の矢じりを解き放った。
「『
風を切った熱波が彼へと迫るが、突如炎の軌道が捻れて空へと消えていく。
「分かってるよねシクス……あの男の能力が単に斬撃の軌道を曲げてるんじゃないって事」
歯軋りをしたセイルを横目に、シクスは鼻を鳴らした。
「んなもん俺にも分かるぜ……あのオカッパは
「そう、だから私の炎が軌道を変えられる。アイツの能力は脅威だけれど、タネが分かってる分まだ対策のしようはある」
「問題はもう一人の方だ」
「うん、あの術は余りにも自由度が高過ぎる……どうにかしないと、ただ一方的にやられるだけだよ」
巻いた栗毛をペンに巻き付けたギーが、おどける様にして舌をベロンと出した。
「兄者ぁぁあ奴等恐れているぞ! 俺の能力を前に怖気付いていやがるんだぁあ、ぎゃっハァあ!」
「浮かれるなよギー。追い詰めた鼠は猫をも噛むぞ。たわけた事をされる前にとっとと始末を付けるのだ」
「おっギョオオオ! 分かってるぜぇ兄者ぁ!!」
ペンを手に取ったギーの瞳が愉悦に歪む――
「いくぜぇえ『
――ギーの瞳がシクスとセイルの足元へと向かう。
「“大地震撼し罪人は足を止める”」
ノートにそれが記されると、シクスとセイルの足元の大地が揺れ始めた。更にギーの視線は天を仰ぐ――
「“天が奴等を非難する様に局所の豪雨が罪を洗い流す”」
音を立ててペンが走り、曇天より落ちた滝の様な雨が二人を責め立てた。シクスとセイルは為す術も無く災害に晒されながら、喚き続けるギーを見上げた。
「“豪風に乗った家々の鋭利が今意思を持って大悪に突き刺さる”」
ギーの視線が向いた家屋より、窓を叩き割る程の突風が巻き起こり、風に乗ったガラス片や尖った木片が二人に襲い掛かった。
「嬢ちゃん、炎の壁を!」
「分かってる……でも地面が揺れて自由に動けなッ」
『黒炎』による炎のバリケードを形成するには不充分な体制のセイルを認め、シクスは全面に防御魔法を展開して鋭利の嵐を止めた。
「ぐぬぉおお」
「シクス!」
「踏ん張れって……奴の術のトリック、少し見えてきた!」
「え?」
続々と防御魔法に突き刺さってくる鋭利に踏み耐えたまま、シクスは右の赤目を滾らせた。
「『幻』――
シクスの術が、その場に居た全ての者の視界を奪い去った。術の制約によって自らの姿を包み隠す事が出来無いシクスの姿のみが暗黒に浮かび上がる――
「おいヒョロガキ! お前は
張り巡らせた防御魔法で堪えたまま、シクスは無理に笑って強がって見せた。
――だがその暗黒に、一つの声が落ちる。
「“闇夜は晴れ渡る”」
ただその一言で、シクスの下ろした闇の帳は即座にかき消えていった。顕になっていく視界に、破顔したギーが現れた。
「アンギャァァアア無駄ぁ!! その程度の小細工で俺の術は敗れ――」
「ギーよ!」
――突如上がったジル・ド・レの声。
暗黒より晴れ渡っていく視界でギーが目撃したのは、自らへと迫っていた漆黒の炎であった――
「ァぎゃ!!?」
大気焼き焦がす匂いが鼻を突く。シクスの見せた暗黒より秘かに迫っていた大火がギーの視界を埋め尽くした。途方も無いサイズのその炎は、少し軌道を変えた位ではやり過ごせないであろう――
「ギャァァァ兄者ぁぁあ!」
「『
ジル・ド・レの術が黒炎の軌道を歪めるが、増々と巨大になっていく炎の大玉は以前迫って来る。
「助けろ兄者!! 早く助けろぉおおおッ!!」
「何故この匂いに気付かんのだギーよ! おのれ、『
幾度と無く連発して空間を歪めるジル・ド・レであったが、セイルが絶えず注ぎ込んでいく魔力に、やがて炎は数十メートルともなる莫大なサイズとなってそれに対応した。
「ホギャァァアア!!」
「これはなんという魔力か……過小評価が過ぎたか……歪め切れんッ」
セイルの内包する溢れんばかりの魔力によって、ジル・ド・レの『
「ホォアァァアアア――ッッ!!!」
「うるさいぞギー! とっとと身を守るように記すのだ!」
――迫る漆黒と熱波が、周囲の家々を焼いて騎士を呑み込んでいく。
「えっヒヒヒ……」
「ん――?」
そこでジル・ド・レは不気味な笑い声がシクスの口元より漏れたのに気付いた。防御魔法を解いた男が、先程のお返しにと下品に笑う。
「『
正面より迫る黒き炎の景色。更にはシクスの幻影による翼を生やした
「これは……」
「アンギャァァアア、アヂィィィいい!!」
先程まであった余裕を表情より無くしたジル・ド・レ。一瞬の隙を突いた二人の家畜による猛攻が、瞬く間に彼等を窮地へと押しやっていた。
「とんだ鼠だ……ッ」
「燃え尽きろ人間、骨も残さず気体に変えてやる!」
「イィッヒャハハハハ! 狩る側はどっちだったっけなぁ、なぁオカッパぁぁあッ!!」
――その時、唐突としてその場には
「ぁ……んだありゃあ?」
前触れも無くその場に現れ、空へと上がった光の大旗にシクスが視線を移すが、今より焼き殺さんとする標的へとすぐに向き直る。
「あぁッ!?!」
強く驚嘆したシクスが認めたのは、目前にまで迫る殺意を前にしながら、ポロポロと涙を流して御旗を眺める二人の将の姿であった。
「な、なんなのよあいつら……呆けてるわ」
「ぁ……ぁあ……美しいぃ」
「ジャンヌよ……また私を……私を鼓舞してくれるというのか」
セイルの言う様に、ジル・ド・レとギーは差し迫る死を目前にしながら、とろけた瞳で旗を見上げている。
「あの旗がなんだっていうのよ! お前達の辿る結末はもう変わらない!」
――上がった御旗より上がる神聖なる波動が、ギーとジル・ド・レ鼓舞し――
「『
「ぇ――――ッッ!!」
――二人の能力を極限まで飛躍させていった。
大気が歪む強烈なる
「ぉお……ジャンヌよ……」
「あんぎゃ……乙女、麗しき戦場のぉ……」
比べようも無い闘気に満ち溢れたジル・ド・レとギーが、その身より白きオーラを上げて炎の手前に立ち尽くしていた。
「チッ……」
舌打ちをしたシクスが、彼等の見詰める御旗の足元――そこで光の旗を振るう少女を眺めた。
しかしそこに彼女が居る筈など無かった。
シクス達が知る由は無いが、
――けれど、ジャンヌ・ダルクはそこに居た。
「私がそこに居ないのなら、神は私をそこに行かせるでしょう」
清らかに笑い、額に灯った桃色の覇気を立ち上らせながら、
――分身体でも何でも無い生身のジャンヌ・ダルクは、同じ世界に複数存在していた――
それもまた彼女の起こした、説明しようのない“奇跡”の一つである。
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