第370話 迫り合う災害
「おおジャンヌよ……奇跡の淑女、ジャンヌ・ダルクよぉ」
心底彼女に心酔している様子のジル・ド・レが、怪しき吐息を吐いてショーテルを握り込んだ。
「何が起きてんだよ……」
「分かんないわよ……そんなの」
ジル・ド・レの周囲の空間が、強烈なる歪みによって渦を巻いていた。セイルの巨大な黒炎を一度に叩き伏せてしまった力は、紛れも無いまでにその男が行使したものである事が分かる。
マントが渦巻き、ヒゲが揺れる――明らかに飛躍してしまった敵将の力に、セイルとシクスは苦々しい顔を突き合わせた。
「ぉぉ……お、おおお乙女……おお乙女ぇえ……美しいぃぃ、素晴らしいぞ兄者ぁぁ」
能力を向上させたのはジル・ド・レのみならず、その隣で恍惚とジャンヌを仰いでいるギーと、周囲にひしめいた騎士達も同じであった。
「ふ……フゥオオオオオオッ!! 人類に驚異迫る最中に彗星のように現れた奇跡の乙女は神と同じ程の後光と共に光の旗印を戦場に立てた絶望の淵に突如として現れたその奇跡は我等が人類に勝機を見せて神の恩寵を受けるが所以を遺憾無く示し闇を切り払った!!!!!」
白目を剥きながら高速度で記したギーが肺の空気を全て絞り尽くすと、白き闘気に巻かれた騎士達が雄叫びを上げて戦況を盛り立てていった。
「なぁーにが奇跡の乙女だ、馬鹿馬鹿しい」
「うん、そうだね……でも」
セイルは怪訝な視線で人間達を見渡していきながら、数的不利にも関わらず狂乱した様にして善戦し続ける騎士に溜息をついていった。そしてゆったりと、戦場に揺れる光の旗を
「でも……確かに何かがある。説明しようのない何かが……」
奇声に近い声を荒らげ、その巻いた栗毛を空に逆巻かせたギーは
「“風が荒び砂塵がうねり罪人の逆境となり天の怒りが雷雨と成りて下賤を襲うッ!”」
グルリと周囲を見渡したギーの眼球。そして記し終えると、赤目を襲う一点局所の砂塵と嵐、そして豪雨が降り落ちて周囲に落雷が降り注ぎ始めた。
視界を奪う天災に体を縮めたシクスが、流石に気を動転させた様に目を丸くしていった。
「んだよこりゃ、世界の終わりみてぇな景色じゃねぇかよっ! 現実を改変する速度が馬鹿みてぇに早くなっていやがる!」
みるみると砂塵が空へと昇り、巨大な竜巻に巻かれる様に荒んでいく。細かく降り落ちる稲妻がロチアートや魔物の群れに墜落して吹き飛ばす。
「だが……地形を好き勝手出来んのは何もテメェらの専売特許じゃねぇ!」
「ふむ……奇怪な
強がる様に笑ったシクスを見下ろしたジル・ド・レ。
腕を組んだ彼は熱波にヒゲをそよがせながら、自ら達の目前に広がる黒き炎の海を奇妙そうに眺めた。
「アギャァアっ?!! 兄者兄者、どういう訳か消えねぇぞあの炎!」
「……ギーの能力を持ってしてもかき消せぬ炎か、成程……先程から熱が増していく訳だ」
セイルの黒き炎は、あらゆる物質を溶かし尽くしても熱を上げ続ける。本来火の手の及ばぬ土や石壁であっても、そこに存在する“有”を“無”に変えるまでそこに逆巻いていく。
先程の巨大な焔を地に突き落とした事で、今ジル・ド・レ達の前には漆黒の狂熱が渦を巻いてその範囲を広げていた。空より降り注ぐ大粒の水滴も、白き蒸気と変わっていくだけだ。
「熱い……溶ける溶け、溶けッジル・ド・レ様ぁ!」
「何をしても消えなッ! アヅイ、鉄からも燃え移って、ほほッ骨もッ!?」
「ふむ……」
顎に手をやったジル・ド・レが興味深そうに見下ろすは、雑多な商店街の路地や家々に広がっていく灼熱。そして逃げ場も無く、その鎧ごと消し炭となっていく騎士達の悲鳴であった。
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