第三十七章 終の別れは無念では無く、野望の為に

第368話 我等兄弟、純情たる恋慕と純血への肉欲が為


   第三十七章 終の別れは無念では無く、野望の為に


 鴉紋とジャンヌの邂逅かいこうよりやや時はさかのぼり、王都の商店街は激しい戦乱となっていた。


「嬢ちゃん、上だ!」

「うん……ッ!」


 迫り上がった地盤に囲まれたセイルへとシクスが声を荒立てる。セイルが炎の翼によって空へと舞い上がると、急角度を付けて来た斬撃が岩壁を大破する。


「ジル・ド・レ……!」

「家畜の娘よ、やはり逃げてばかりか?」


 しばらくの間は標的を入れ替えて応戦していたシクスとセイルであったが、ジル・ド・レとギーの巧みな連携を前に、自ら達が攻め立てられる側であると知る。


「フッフッフッ『捩れツイスト』! 『捩れツイスト』『捩れツイスト』!」


 切り裂かれた頬より血を垂れ流し、眉の上で真っ直ぐに揃えられていた前髪は、今や無惨な形となってジル・ド・レの額で踊っている。

 飛ぶ斬撃の連打がセイルへと迫り、空を翔けても追い続ける。

 奇策によって一度虚を突いたセイルとシクスであったが、火の付いたジル・ド・レには二度とは通用しなかった。


「お前達が狩られる側であるという事を実感せよ、家畜」

「痛ッ……ぁ!」

「嬢ちゃん!」


 一つの斬撃がセイルの背を斬りつけて空へと消えていった。深手でこそ無かったが、無数の斬撃は低空を漂い始めたセイルへと絶えず迫り、地上の赤目を切り払った。


 ――刮目すべきは、このジル・ド・レという将の自力の高さである。瞬時に戦況を判断しては、柔軟に事に対応してくる。百戦錬磨の辣腕らつわんを前に、ナイトメアの軍勢は次第に劣勢を強いられていった。

 セイルの転移魔法による奇襲やシクスの幻影が彼を襲うが、瞳を座らせた男は至って冷静なまま、鼻の下のヒゲを横へと跳ね上げる余裕まで見せながらその全てを処理してしまう。

 彼の握ったショーテル――極度に曲がった刀身には、ロチアート達の血の油がこびり付いている。黒いマントを風にそよがせながら、ジル・ド・レは微笑んだ。


「クッソが! ただのイカレ野郎かと思いきやコイツ!」


 既に何度か攻撃を受け、自らの血で濡れるシクスが眼前に黒いダガーを構えていく。


「喰らい尽くせ……怨霊共!」


げん』によって現れた醜い肉の口が、その歯牙よりドロドロの酸を振り撒きながらジル・ド・レの頭上に覆い被さった――


「アンギャァァアアッ! “降り注いだ光明に憐れなる魂は浄化されて藻屑もくずと消える”」


 差し込んで来たその声の後、たちまちに消えてしまった自らの幻影にシクスは地団駄を踏む。


「だぁあッもう!!」

「“愚鈍なる罪人は高所からの落石に押し潰れ偉大なるの名を呟く”」

「ざっけんなヒョロガキ! んな事言う訳ねぇだろガッ」

「フッフッフッ良いぞギー! いかなる悪党にも淑女の名を布教するのだ!」


 息継ぎをせぬまま語ったギーは、手元のノートにガリガリとペンを走らせた。すると彼の『俺の観測する世界ヘブンリー・レター』に準じて風景が改変されてシクスの夢想は消え去り、更に左手側にそびえた建物が打ち崩れ、頭上に瓦礫が降り注いで来た。


「こっちはデッケぇ魔力を使って異形を現してんのによ、テメェは一筆でそれを無かった事にしやがんのかよ!」

「アンギャッパァァアアア!!」


 宙にひるがえったシクスは瓦礫を回避するが、飛び散った破片が額を切り付けていった。

 新たに流血したシクスは地に着地すると、納得いかない様な目付きで貴族服の青年を睨み上げた。


「まずはコイツをどうにかしねぇと勝ち目がねぇぞ!」


 するとそこで、ギーの視線がギョロリとセイルに差し向いた。


「“空を舞う羽虫は神風に押し戻されその行く手を岩盤が差し止める”」


 瞬きも忘れて捲し立てる様に言い放ったギー。同時に勢い良くノートにそれを記すと、ジル・ド・レによる斬撃より逃げ惑っていたセイルが突風に突き落とされ、彼女の行く手を阻む様に地から岩盤が迫り上がった――


「マズイかも……っ」


 唯一開かれた逃げ道からは、曲がる斬撃が迫り来ていた。

 セイルの背に咲いた炎の大翼――邪滅の炎レペル・ブレイズは、あらゆるを打ち消す事が可能である。しかし今彼女の周囲を取り囲んでいるのは改変された“現実”であり、迫る斬撃はジル・ド・レの魔力による干渉を受けて軌道を変えているだけだ。斬撃そのものは魔力によるものでは無い――


「間に合えっ!!」


 足元に桃色の魔法陣を起こしたセイル――次の瞬間には、高い土煙を上げる裂波が降り注いだ。


「嬢ちゃん!!」


 目を剥いたシクスであったが……


「大丈夫よシクス……ゲホッ」


 彼の正面に起きた転移の魔法陣より、体の表面を斬り付けられたセイルがフラフラと現れていた。


「なぁ……嬢ちゃん」

「分かってるわよ、あんたの言おうとしてる事、多分私と同じよ」

「あぁ……まずはギーとかいうヒョロガキを始末する」

「その為には、奴の操る術のルールを見破らなければいけないって訳ね」


 息を荒らげながら肩を揃えたシクスとセイルに対して、ジル・ド・レとギーは薄ら笑いを浮かべながらその肩を並べていった。

 魔物とロチアートの軍勢が、地の利を取った騎士達に押され始めている。


「他愛も無い奴等だ、とっとと始末してジャンヌの観察に戻るに限る」

「もっともだ兄者ッ! フゥオオオオオオ!!!」


 ギーがノートを手に取って眉を上下する。ジル・ド・レは鷲鼻わしばなの下のヒゲを整え、横へと跳ね上げた。


「「我等兄弟」」

「――純情たる恋慕と」

「――純血への肉欲が為」


「「麗しの乙女が為に!」」



 彼ら義兄弟の余りにも欲望に忠実なる独白に、セイルとシクスは眉をひそめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る