第366話 お前達と俺達で何が違う
空を仰ぎながら泣いたフゥドの直ぐ背後には
――残虐の魔王が立ち尽くしていた。
「…………」
神罰代行人の使命が継承されていった現場を目下に、鴉紋は竦み上がる位に冷たい顔付きで、父を想い空に喚く男をジッと見下ろし続けていた。
「うわぁああああ父ちゃん……父ちゃんッあぁぁああ、あああぁああああ!」
「……」
フゥドは光に変わっていった聖人を抱き寄せる様にするが、腕の隙間からポロポロと狐火は抜けて空へと昇っていった。
「あああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁああああああああああ」
「……」
ロザリオを胸に咽び泣く少年は、背後に立ち尽くした悪魔に気付いていないのか、緩々と挙げられていった拳と、その悪意の風巻にも振り返らなかった。
そして――――
「……」
何を思ったのかその殺意は途中で消え失せて、その拳が振り下ろされる事は無かった。
「……」
どんよりとした虚空の瞳をフゥドへと落とした鴉紋。彼はその瞳で何を考えているのか……誰にも計り知れないままに、淀んだ視線は踵を返していく。
「殺らねぇのかよ……」
「……っ」
しゃくり上げるフゥドの声に鴉紋は振り返った。沈んだ瞳が揺れる後頭部を見つめる。
「今の、俺には……お前に抗えるだけの力もねぇ」
「……」
「だが、必ずだ……必ず――」
背後に差し向いたフゥドの紫色の虹彩には、ヘルヴィムと同じ紅蓮が燃え盛っていた。
「必ずや俺は貴様の驚異となるぞ……13番目の神罰代行人、第79代――
「……」
その言葉に歩み寄って来た鴉紋は、フゥドの顔を目前より覗き込む様にした。
「…………っ!」
「俺を挑発しているのか? 恐怖に
骨の髄より震え上がる程の悪意の塊が、目前よりフゥドに眼光を向けていた。
「ならば、望む様に……貴様等人類の希望を今ここで……」
「ぁぐっ……ッッア゛! アアァア!!」
身動きさえ取れなくなったフゥドの胸ぐらを掴み上げた鴉紋は、その指先を神罰代行人の右目に
「ぐッッ……ぅ、ぅウウ!!」
「……なんなんだ」
「ゥウウウウッッ!!」
「その瞳は……」
鴉紋は
眼下の人間は悲鳴を上げるのかと思いきや、痛みに堪えて黙し続けた。
更にそれどころか、一つの抵抗も出来ぬくせに、残された左目で烈火の如き執念を鴉紋へと向け続けている事に気付く。
「必ず……必ず貴様を!」
「……っ」
「
「……」
興の削がれた様子の鴉紋は、掴んでいたフゥドの胸ぐらを開放しながら明後日の方角を眺める。
「お前達……もう良いだろう。殆どの人間は殺し尽くした。次の戦闘に備えて温存しておけ」
鴉紋は大方の騎士を殺戮し終えた仲間達へ告げると、フゥドを残して軍勢を引き連れていった。
「何故俺を殺さない……何故!」
右目を抉り出されたフゥドが、顔を抑えて鴉紋の背を眺めていく。
フゥドの心中に過ぎるは、鴉紋の中に微かに残された“人の情”であった。
「お前はまだ、人間を辞めた訳では……?」
――そこまで語ったフゥドであったが、次の瞬間にこちらへ振り返った鴉紋を眺め、自分がいかに愚かな疑念を抱いたのかを自覚する事となった。
「は――――」
――息を呑んだフゥドが目撃するは、真っ黒い瞳を落としながら、さも当然かの様に掌に載せた眼球を頬張った悪魔の姿であった。
「いや……違う。こ、こいつはやはり……人間じゃない」
その凶行の余りの
「
取り付く島もない程の真っ直ぐな眼光に、フゥドは何も答えられずに、立ち去っていく男を眺めていることしか出来なかった。
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