第364話 神聖の終着点


「ヘルヴィ――!!」

「ギィエァァァアアアアアア!!!!」

「ぉブァ――ッ!!」


 ――死に体の同然の体で乱心して鴉紋を踏み付けるヘルヴィム。

 聖遺物の力が失われた今、彼に残されたのは、風穴が空いて骨の飛び出した肉体。

 得物はその拳一つ――

 宿すは執念の一つ……


「フゥゥアアッガァアアアア!!!」

「……っ!」


 ――この男が間もなく死に絶えるであろう事は、誰の目にも明白であった。しかして鴉紋の身を打つその打撃には、渾身の力が宿っている。


「ヒィィエェエエエエア゛!!!」


 殴りつける度に血を吐き出し、血を飛び散らせて骨を軋ませながら、ヘルヴィムは地に頭を埋め込んだ鴉紋をタコ殴りにする。


「ェエエエエィィアアアッ!!!」

「…………」


 だが鴉紋は、地より仰いだその視線で、その執念を眺めるままに黙していた。


「チィツジョのッ……タメッ……ニィィ!!」

「……」


 痛々しいまでのヘルヴィムの行動に、全ての人類は涙を流して彼の勇姿を見守り続けた。


「親父……っ親父……っ」


 歯噛みしたフゥドは震えるままに涙を流しながら、神罰代行人として目標にしてきた男の、最期の闘志を焼き付ける。


「あああぁ……ギィぃええええええ!!」

「……もういいか、ヘルヴィム……」


 殴り付けられるまま、ゆったりと身を起こしていった鴉紋。神聖を失った男の拳は魂を打っても、その肉にはもうダメージが残せないでいる。


「ケェエエエエエエィイッ!!」

「…………」


 それでも敵を乱打する事を辞めないヘルヴィムの執念。


「もういい、もういいんですヘルヴィム神父!」

「貴方はもう十分にやってくれた……我々に人間の可能性を十分に示した!」

「もうやめてくれ!」


 涙と共にそんな喧騒が巻き起こったが、ヘルヴィムは息を切らしたまま、目前の男を殴り付ける事を辞めなかった。


「親父…………っぅ……ぅう!」


 父親の巨大な背中を羨望したフゥドであったが、大粒の涙を落として号泣を始める。やがて来たる間違いの無い父親の結末を悟って……


「ぜぇぇ……ふぅぅ」

「ヘルヴィム……」

「侵入者はぁぁ……絶対にぃぃ……ゥゥ!」


 未だ燃え上がる灼熱の眼光を見下した鴉紋は、神妙な面持ちとなって腰を深く落とし、半身となってその右腕を後方へと引き絞っていった――


「お前という人間に敬意を評し……全力の一撃で葬ってやる」


 それは鴉紋なりの最大限の称賛であった。

 そして背後に漆黒の渦を逆巻かせ、拳に暗黒が立ち上っていく。


「我等……神罰……代行人…………徹底として厳粛にぃ……神の意志と……して」


 ズタボロの体で立ち尽くしたヘルヴィムは、もう視線も定まらないままにそう呟いていた。


「『黒の螺旋』……『冥界の拳アビス』……」


 鴉紋全開の構えに、人々さえもが吹き飛んで地を荒らしていく。


「侵入者は絶対にぃぃ……赦さ…………な」

「見事だヘルヴィム」


 上転し掛けた瞳を戻し、殺意の眼光を携えたヘルヴィムに向けて、鴉紋は思わずそう溢していた。


 ――――そして


「――――ッッ!!!」

「…………っヘ…………ビ……」


 ――強烈なる拳の一閃が、ヘルヴィムの下腹部を吹き飛ばし、神罰代行人は地に横たわった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る