第363話 “人間の執念”
聖遺物に宿る光が失われて地に投げ出された。聖槍の放つ光も消えて、そこにはただ
体内の至る箇所より光を吹き出し、ビクンと痙攣を始めたヘルヴィム。
凄まじい力を宿した人間のリミットが過ぎ去った事に微かに嘆息した鴉紋は、血に濡れた髪をかきあげながら膝に手をついた。
「呆気ないな……ヘルヴィム……」
邪悪な視線を落とす鴉紋であったが、その体は傷尽き果てていた。一介の人間にここまで追い詰められるとは、ルシルも予想だにしなかっただろう。
「終わらせようか……」
――だがやはり、この魔王の進撃は止まらない。おそらくはその野望が成就するその時か、死に果てるその時まで、この男は執念に付き動く。
「……」
――いま鴉紋の眼下で息をしなくなった、この男の様に……。
「ヘルヴィムしん……ヘルヴィム神父っ!!」
完全に事切れたヘルヴィムの頭上に鴉紋が立ち尽くすと、背後より一人の男による
「立てよっ、立てよヘルヴィム神父……立てよッ!!」
泣き崩れたフゥドが、血が出る程に唇を噛み締めながらヘルヴィムを見詰めている。
――完全に拍動を止めたまま、体内より暴走する神聖に体を好き勝手にされている父親に向かって……
「あぁ言ってるぜヘルヴィム……」
「……」
鴉紋はそう足元の男へ囁き掛けたが、返事は返って来なかった。張り裂けんばかりの光明が、生気の消え失せたヘルヴィムの体内より発散されている。
「……あばよ」
魔王の黒き足が持ち上がり、揺れる神罰代行人の頭を狙い澄ます。
赤黒い陽光に照らし出され、暗黒の触手を空へと這わせるその悪魔のシルエットは――人間達に絶望を刻み込んだ。
そして……その頭を粉々に踏み潰さんと、鴉紋の踵が降り落ちる――!!
「親父ぃッッッ!!!」
息子の残したその声に、ヘルヴィムの掠れた視線が僅かに戻って来た。
だがしかし、その体の自由は効かず、意識も判然とせぬまま落ちて来る足を眺めている事しか出来ないでいる。
「――――っ」
――そんなヘルヴィムの脳内には、走馬灯の様にして数多の家族の幻影が過ぎ去っていった。
息子と呼んで慕い続けた、黒の狂信者達の憎らしい様な笑顔が。
「――っ――――!」
嘲笑する様にしたルルードのしたり顔が。
「ァ――――ッッ!」
ひどく手を焼きながら、しかし絶大な信頼を寄せていたメロニアスの強き眼光が。
「――ッッカァァァアアアアアアアアアアアァアアアアァアアああぁあぁぁああ!!!!!!」
「――な……ッ!!?」
――そして最期に、幼きフゥドを抱いて微笑む、愛しきルミナの姿が……
「ヘルヴィ――ッ!?」
勢い良く起き上がったヘルヴィムの顔面が、振り下ろされていた鴉紋の踵に押し付けられていた。その衝撃にヘルヴィムの鼻筋は砕き割れるが、足の勢いが殺されて鴉紋はよろめく。
「馬鹿なそんな事が……っ!?」
「こぉんな所で寝ていたらぁ……
「お前の心臓は確かにっ!」
「
正気さえ定かでは無い虚ろげな視線のまま、ヘルヴィムは神聖による侵食に堪えて立ち上がり、鴉紋の脳天を拳骨で叩き伏せる――!!
「――――かハッ!!」
奇跡を目の当たりにしたフゥドが目を丸くする。ロチアートが、騎士が、同じ様に驚愕とする――
人は悪魔に敵わない。
人は神の御力に堪えられない。
人は神話に届かない。
――否。
「否ぁ」
――――否。
「否ぁあ!」
――――――否!
「否ァァァアアアアアアアァアアああぁあぁぁああッッ!!!!!!!!」
――そんな事、この男には
神罰代行人――ヘルヴィム・ロードシャインの心火は、未だそこに微かな灯火を残していた。
神の御力にさえ抵抗し、目前の悪魔を
――そこに立ち上がった男が宿すは、純然たる――
“人間の執念”
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