第360話 譲れぬ覇道


「――――――っっ!!!?」


 衝撃的なる鉄拳が、鴉紋の頭を撃ち抜いて地に沈め込んでいた。

 

「――――、――ぁ――っ!!」


 頭をかち割られて出血した鴉紋は、血反吐と共に声にもならない苦痛を上げて白目を剥いた――


「はぁ……ぜぇぇ…………」


 頭上に立つは神罰代行人。湧き上がるは騎士達の歓声。

 ヘルヴィムに残された時間は残り――60秒を切っている。


「間に……合ったかぁ……はぁ……」


 身に纏わせた聖釘せいていを鴉紋の全身に打ち込んだヘルヴィム。その身に宿した神聖が暴走を始め、喘いだ喉元や目の奥より、暴発する様な光が溢れ出した。


「神父……ヘルヴィム神父っ!」


 父の行く末を知るフゥドが、涙を溜め込んだ瞳で走り出そうとする。


「フゥド、お前に伝えねばならぬ事がぁぁ」


 ――背後へと振り返りながら言い掛けたヘルヴィムが、その手元で共振を始めた聖槍に気付く。


「つくづく恐ろしい男だぁぁ」

「ヘルヴィム……神……父?」


 標的を探知した槍が空に鳴き出すのを聞いて、ヘルヴィムはフゥドへと背中を見せる様にして振り返っていった。


「…………っ」

「蛇よぉ……」


 ヘルヴィムが満身創痍の視線を向かわせたその先には、立ち上がり、開いた膝に片手を置きながら、黙して前髪を垂らしている鴉紋の姿があった。


「……」

「……」


 鴉紋の俯いた顔から足下へと、ダラダラと血が流れ落ちている。体は震え、踏ん張った膝は笑っている。


「貴様もまたぁ……譲れぬかぁぁ」


 そしてヘルヴィムは歩み始めた。人類の存亡を決定づけるその闘争に、騎士も赤目も足を止めて固唾を呑んでいく。

 ヘルヴィムに残された時間は、およそ50秒……


「弱っているなぁ蛇ぃ……」

「……」

「語らぬか、否語れぬか……貴様が一笑に付した人間の力はどうだぁぁ」

「……」

「くかが……大層堪えたと見えるぅ……だが懺悔ざんげしてももう遅いぃ……貴様という存在に赦しは存在せず、例外も無く徹底的に滅殺するぅ……そぉれがぁ、神の意志であるぅ」

「……」


 勝ち誇ったヘルヴィムは槍を鳴らしたままに、鴉紋を目前より見下げて笑った――


「悪いな蛇ぃ……憐れにも思わん」

「……」

「微塵もだ……」


 大気震わす聖槍の共鳴が響き、その切っ先を鴉紋へと向けたまま、ヘルヴィムによってギリギリと握り込まれていく――


ねいぃ……悪党、災いとぉ――共に……」


 練り上がっていくヘルヴィムの神聖が、次に繰り出されて来る全開の一突きを予感させた。腰を深く落とし、血眼になりながらも笑う代行人は――今や神罰を体現している。


「楽園追放……」

「…………」


 未だ視線を下げた悪魔へと向けて、闇を切り裂く強烈なる光が瞬きながら――


「断罪執行ォォオオオオオオオオオオァァァアアアァアアアア――ッッッ!!!!」


 永き代行人の悲願が、祈りの怒声と共に鴉紋へと差し迫った――


「良いだろうヘルヴィム……お前を認めよう」

「――――ンッ?!」


 トドメの一撃が自らへと迫るプレッシャーを前にして、いよいよと口火を切った鴉紋が血に塗れた相貌を上げた――そこに宿るは、あらゆる生命を征服せんとする激しき情念!


「人間の成し得る力を……可能性を!!」

「黙れぇエエエアッ今更貴様に何が出来るッヘェエビィイ!!」


 ――しかしヘルヴィムは気付く事になる。目前の男より滾る憤怒の情熱……未だ敵を諦めぬ闘争の覇気を。


「――――ぅッ」

「今の俺は一人じゃねぇ……あの頃とは違う」

「なに――をッ!」

「頭に血が上って忘れちまってたぜ……鴉紋あいつの戦い方を……ッ!」


 ――迫るヘルヴィムの聖槍ロンギヌスが、より高い音で鳴り響き始める。それは目前より坂巻き始めた“邪”に反応を示しているのだ。


「ヘビッなれば好きにするが良いッ! 貴様の全力の一撃をぉッイマ神の御力を持って完膚無きマデニィィイッ!!」


 絶望を刻むのを辞め、挑戦的な目付きに変わった鴉紋が、半身となって腰を深く沈めていく……


「俺は今二人で一つだ……人間のお前と……二人でッ!」


 声音を弾ませた鴉紋は、何処か清らかにも思える笑みを刻み込んだ。それは先程までの緊迫した面持ちとはまるで違い――何処か……そう何処か――――


「――――ゼェェエイアアアァアアアッッ!!!」

「『黒の螺旋』」


 鴉紋の背より揺蕩たゆたっていた暗黒がその背後で渦を巻き、大地吹き荒らす螺旋を形成していく。その正面となる部分で腰を落とした鴉紋の腕が、激情する暗黒を右の拳に宿していった。


「さぁッいざァッッ いざイザイザイザァァァッッ!!」


 ヘルヴィムの放つ槍よりもまた、光の螺旋が描かれ闇を呑み込まんと大口を開けていく――


 ――そんな驚異を前にした鴉紋が、血に濡れた相貌に白い歯を覗かせていた。

 

「いつも上から見下ろしてくる貴様が気に喰わねぇッ!」


 完成された極魔の右手――そこより吹き荒れる暗黒を握り込み、鴉紋はその身を螺旋より打ち出しながら――放った!!


「チィィエアアアアアア――ッッ!!!」

「テメェの創ったこの世界はァッ!! 気に喰わねぇ事ばっかりナンダよぉおおおお――ッッッ!!!」


 ぶつかり合う聖槍の切っ先と鴉紋の拳――

 爆風と衝撃が巻き起こると、そこに神聖と邪悪が混じり合いながら、一進一退の鍔迫り合いを始めた。


「キィエエエエエエエエエエエアッッ」

「おがァァァあああラァアアア――!!」


 闇に浮かび上がれない光は存在しない。

 つまり光を覆ってしまえる暗黒は存在しない――


 闇は光に勝てない。暗黒は光明に照らし出されるのが摂理、必定、万物の法則――


「――ッハゥ?!!」

「だから俺が決めたと言ッテンダろうがァァアアッッ!!」


 だがしかし――あらゆる法則もルールも無視して破壊する。暴虐の王に我等が取り決めた常識を押し付ける事など叶わない。


「――な……ナァアッそんな事アル筈……神ぃ……カッカミィイイぁ!」

「キサマ等に虐げられシッッ――!!」


 ――この男は例え世界で一人になろうと抵抗を続ける。自らに合わせろと全生命に命令する。いかに不可能であろうと思われる事象であっても……


「仲間達を救うとォオオオオオォォオオ――ッッ!!!」


 ――この男には関係が無い。

 その剛力で、欲する全てを抉り取るのみ!!

 あらゆる困難を前にしようと、つかさどった“傲慢ごうまん”は何時までも煮え滾る!


「ケェエエエッ!! 我等が信念がッ主の御力はこんなモノではァァァアッ!!!」

「ぐぅぁああがァアアアアアアアアラ゛ッッッ!!!」


 それは例え、眼前に創造主が立ち塞がろうとも――!!


「――――ナッ……――――!!?」


 ヘルヴィムの聖槍が、目前の怒涛に押し負け切っ先を跳ねた――


「ムカつくんだよぉ……」

「…………ッ!!」

テメェはいつも通り……っ指ぃ咥えて長めてろ――ッッ!!!!」


 敗れぬ筈の神聖が退き、暗黒の衝撃がヘルヴィムの腹を突き上げる――!!

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