第359話 神の鉄拳


 まず先手を打ったのは――


「喰らえよ神父――ッ!!」


 ――鴉紋である。彼は背から十二の暗黒を打ち出して風を切ると、猛烈なる速度でヘルヴィムの眼下に軸足を着いた――

 黒き閃光を纏う雷光が輝き、激しい轟音と共に代行人の腹を突き上げようとする。


「フンだァアッ!!」

「あ――ッ?!」


 その身を貫く通電にも構わずに、ヘルヴィムの突き上げた膝と、振り下ろした肘鉄が、鴉紋の拳をビタリと挟み込んで止める。

 ――次の瞬間、代行人の周囲を取り巻いていた聖釘せいていが瞬き、激しい光を放ったまま鴉紋の身を切り刻んでいった。


「イッ……!! ――てめぇ!!」


 残る右手で鴉紋が釘の弾丸を振り落としていると、直ぐ目前より、一面が光にすげ変わってしまう程の閃光が槍の穂先に集っていくのに気付く。


「マズイ……っ離せこのぉおおっ!!」


 その剛力によって無理に左手の拘束を振り解いた鴉紋であったが、次に彼の身を捕えたのは、ヘルヴィムの腕より垂れる鋭い針を伸ばしたイバラの束である――


「ぐぁぁあっ!!」

「ツレネェじゃねぇか蛇ぃ……折角なんだから遊んでいけよ! 自慢の拳とこの聖槍ロンギヌス! どちらが勝るか試して見せろォオッ!!」


 増殖していくイバラは増々と鴉紋に絡み付き、その全身を雁字搦がんじがらめにしながら、長く尖った針を刺し込んでいく。

 絡め取られたイバラの隙間より、苦痛の声を上げる男の赤き視線が、激しく高い音を立てて鳴動する槍の音を聞く――


聖槍ロンギヌスが鳴いているぅ――貴様ヲッ突き殺せトォオオオッッ!!」

「――――ッッ!!」


 ――そして放たれるは、一突きで周囲の景観をすげ替えてしまう程の凄まじい風圧。鬼の形相のヘルヴィムの放つ槍の一撃は、光った穂先がまるで鳴き声を上げているかの様な甲高い音の余韻を残した――


「『黒牙こくが』ぁあッ!!」


 ――これまで攻める事しかして来なかった鴉紋が防御態勢を取った。背の黒き触手を凝縮して濃密な暗黒の大牙を作り上げると、先程のお返しとばかりに繰り出された槍を上下より挟み込む――


「う……ナッ――なに!?」


 ――そう声を上げたのは鴉紋であった。

 激しく輝いた槍は火花を上げながら鴉紋の邪悪をも押し破り、螺旋の回転を加えながらに闇を切り抜けていたのだ――!

 ――強烈過ぎる回転が、イバラの群れ毎に鴉紋を絡め取る!


「『狂怒ディヴァイン・神罰パニッシュメント』ォオオオオギァァア!!!!」

「――――!! ――、ゥ――――ッッ?!!」


 豪快に旋回したまま、中空より真っ逆さまに墜落する鴉紋――硬い鋼の体を有した彼のタフネスを持ってしても、その紛れも無いまでの神罰の一撃は、身を深く切り刻んで体内にまでダメージを及ぼしている。


「ヵ――――っ……ぁ」


 一瞬白目を剥いた鴉紋であったが、次の瞬間には憤激するかの如く奥歯を噛み締めながら意識を取り戻す――


「――スカしてんじゃねぇぞキサマッッ!!」

「ゥや――――!?」


 高い土煙を立てて地に落ちたと思われた鴉紋――だがそちらにヘルヴィムが視線を移した瞬間より、超低空を這う様にして、激怒する黒き閃光が迫り来ていた――!


「微塵にシテやる――ッ!!」


 鴉紋の両腕に滾っていた大爪のシルエットが圧縮され、その拳に全てのエネルギーを押し固めた。


「『冥界の拳アビス』……!!」


 握り込んだ拳より立ち上る濃密なる邪気が、槍を構えたヘルヴィムに真っ直ぐ迫る――!


「――キィエエエアアアッ!!」


 鴉紋渾身の一撃が聖槍の切っ先と交わり、空に黒の衝撃が爆ぜる。

 ――しかし勢いを殺されていたのは、拳を深く刻まれた黒き豪腕の方であった。


「がぁあッ!!」


 両者の軌道の線上に残ったのは光瞬く槍であったが、豪胆なる一撃を受けたヘルヴィムの左前腕からは骨が弾け、槍のニノ手は無かった。

 槍の共鳴を残したその場で、苦痛に堪えた鴉紋が不敵に口元を歪める――


「惜しかったなヘルヴィムッ!」

「…………」


 おびただしい流血を中空に残しながら、鴉紋は背の暗黒を横に打ち出してヘルヴィムの左手側に回り込んでいた。


「人の身に堕ちたお前には耐えられまいッ!!」


 鴉紋が狙うは拳に聖骸布を巻いたヘルヴィムの左側面。前腕からは骨が飛び出し、布に巻かれた拳も既に破壊している。即座に反応を示す事は出来ないであろう……


「死ねヘルヴィ…………ッ」


 繰り出すは渾身の打突――それが振り下ろされる形で神罰代行人の頭蓋へ迫る――

 


 だがその時に鴉紋は確信せざるを得なくなった。

 ――目前に立つこのが、自らの心の臓腑へと迫る力を宿しているという事に――



 ……仮にいま鴉紋のを挙げるとするならば、それは彼が神殺しの槍ロンギヌスの警戒にばかり注力していた事にあるだろう。

 その槍以上に警戒すべきは――目前のこの男。吐息荒ぶる神聖、ヘルヴィム・ロードシャインであったというのに……



 黙したヘルヴィムの紫眼しがんがギロリと悪魔を見下ろす。それと同時に拳に巻き付いていた聖骸布せいがいふが傷付いた前腕をも覆い、その機能を無理矢理に行使する――


「は…………っ」

「貴様はぁぁ人を舐め過ぎたぁぁ……」


 思いも寄らず即座に機能を回復したヘルヴィムの左拳が、鴉紋よりも高く――頭上に振り上げられた。

 そして燦然さんぜんと発光した神の威光が、鴉紋よりも早く、鉄槌の一撃を振り下ろす――


「『神の鉄拳フィーストオブゴッド』ォオオオオオオアアアアアアアアアア!!!!」


 奇しくも息子の技と同じ名を冠したその神罰が、拡散する光の爆発と共に、鴉紋の頭蓋を地に押し沈めた。

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