第357話 最期の詠唱よ。命と共に天へと届け
「な――――ッ!!」
予想もしなかった助太刀に一番驚愕していたのは、不意を突かれた鴉紋では無く――ヘルヴィムであった。
「ナニをッお前らァ!!」
「ヘルヴィム神父……っ詠唱……ッを」
「アアッ?!」
「いま人類の存亡の為ッ――ッぐぉ!」
「…………っ?!!」
「我等身命を賭して……ッ人類の未来に、貴方の備わる御力に託すのですッ」
「――――!!」
黒き集団が鴉紋の前に立ち塞がるが、彼等の生命はまるで
「オマエラの敵う相手では無いぃ!! ――やめ……」
鴉紋の恐ろしさを前にしてもここまで眉根も動かさなかった男が、いま
「やめ……ッヤめ……!!!!」
怨敵に容易く葬られていく家族を前に、これ以上無い程に赤面したヘルヴィムであったが……彼はその固く喰い縛った口元から溢れ出しそうになる言葉を無理に押し留めていた。
「フゥゥ……!! ゥゥううう……ッッ」
――そうしてヘルヴィムは血の涙が落ちる程に緊迫した顔付きで構えに戻ると、砕けた聖十字の隙間より紫色の眼光を発光させて――
「
彼にとってそれは憤死する程に受け入れ難い犠牲であったが……それでも人類の行く末の為、いま微かな勝ちの目を掴む為には……その犠牲は必要であった。
溺れる程の涙を垂らし、憤死する程の怒りを抱き
――神罰代行人は最期の詠唱を始めていく。
「主よ導きたまえ。我等は神罰代行人。ただ神の意志として断罪を。ただ神の意志として粛清を。脈々たる血は主の為に。厳粛たる手は主の為に……」
「退けよッ無駄だと言うのが分からねぇのか、この狂信者共ガッ!!」
ヘルヴィムの唱え始めた詠唱。そこに内包された神聖なるエネルギーに気付き、不覚にも背筋をゾクリとさせた鴉紋は焦り始めていた。
「コイツラいい加減にッ!」
「
「そいつぁ俺たちに取っちゃ褒め言葉だぜ、クソ蛇が!」
悪魔に取り付いた男達が、より一層と過激に踏み潰されて血を飛散させていく。しかして黒の狂信者達は死物狂いで鴉紋の四肢に取り付き続けた。
「俺達も行くぜ! アーメンッ!!」
蹴散らされていく仲間達の元へ続々とスータンが続いていく。彼等はこれより死にに行くというのに、何故だかにこやかに……
――否、そうする事でしか彼等は自分達に課せられた使命を全うする事が出来なかったのかも知れない。
狂っていなければ、狂った様に見せ掛けなければ、とても……
「Shit! 正念場だぜ……ぶっ飛ばしてやるかッ!」
彼等と同じ様に猛り、狂った様な笑みを携えたフゥドも共に駆け始める。
しかしである――
「――ぉぶっ!! ぁ……? っお前ら……な、何を?」
不意に仲間達によって殴り付けられたフゥド。彼は訳も分からないままに出鼻を挫かれ、クリーンヒットの肘打ちを食らった腹を抑えながら、震える顔を上げていく。
「…………っ!?」
するとそこには、振り返りながら破顔をする
「ふざんけなよフゥドぉお」
彼等はいつものフザけた軽口で、憧れのヘルヴィム・ロードシャインの口真似をしながら、フゥドに笑みを見せていく。
「お前がここで無駄死にしたら、だぁ〜れが次の神罰代行人を務めるって言うんだぁ、あぁーん?」
「こんな時に……何をッShit……っ」
「そんな事になったらぁぁ、ヘルヴィム神父にも主にも顔向け出来ねぇよなぁぁ」
「そんな、事……!」
「
「……っ」
「いいや、俺たちゃとっくに地獄行き確定だろうがっ!」
朗らかな笑みがそこにドッと咲くと、次の瞬間には――竦んだ顔付きとなったフゥドを励ますかの様な、彼等の声が放たれていた――
「お前は生きろよフゥド」
「――――ッ」
――その一言で、目を剥いたフゥドの虹彩が小さくなっていった。そして彼等は前へと向き直りながら、最後にこう言い残して走り出す。
「生きなくちゃ駄目だぜ、フゥド」
「お前た……オマエ等……っぁあ……!」
「カッコつけさせろよ、副隊長様!」
這いずってでも前に出ようとするフゥドの背を誰かが蹴り飛ばしていた。地に伏せたフゥドは意識こそ保っていたが、直ぐには動き出せそうに無い。
呻く様な声と共に、死ににいく家族の背にフゥドは手を伸ばす。
「俺を置いてなんて……許さねぇぞ、ぜってぇ許さ……」
空に拡散した十二の邪悪が、群がる人間達を一挙に薙ぎ払う。
「――鬱陶しい、離れろッ!」
「まぁだまだよぉ……!」
「我等黒の狂信者……っ!」
「主の為にっ神罰代行人の悲願の為にッこのタマシイを燃やし尽くす!」
――鴉紋は未だしぶとく抵抗を示すスータン達に対応を余儀無くされながら、唱えられていく神罰代行人の声を聞く……
「神より課された使命の元に、いまその御力を借りて侵入者を滅殺するぅ」
「おのれヘルヴィムっ何をするつもりだ! その口を閉じろッ!!」
憤怒する鴉紋を血眼で見据えたヘルヴィムの口元より、
「神の作りし庭園に、土足で踏み込む愚か者ぉ……」
「やめろ、ヘルヴィム!」
「今、主の御名の元にぃ……断罪執行! 楽園追放! 慈悲も無く!! たぁだロンギヌスの槍の様にぃ! 神の胸を貫いたッ!! ぁぁあの聖槍の様にィィィイイッ!!!」
「ク――――ッ!!」
空に開いた不気味な空をも押し退けながら、天より降り注いだ奇跡の光明が神罰代行人を照らし、その十字架を光に呑み込んだ。
果ての見え無ぬ天界よりの力を授かり受けたヘルヴィムが――眼前に構えた十字架に頭突きを放った――
「…………ッ」
「万物を殺す無慈悲なる槍よ……」
「ふざ……けるな、ふざけるな……っ!」
肉と汁の血溜まりが魔王の足元に広がっていく。
遂には狂信者を全て葬り去ってしまった鴉紋であったが、彼は即座にヘルヴィムへと飛び付く事はしなかった。
「……おのれヘルヴィム!」
――何故ならば詠唱を終えた神罰代行人の手元には、ルシルでさえもが恐れる聖遺物が
その獣の眼で恐怖を刻んだ鴉紋を見据えたヘルヴィム。そうして愛する家族達へと向けて砕けた左手で十字を切ると、先の頭突きでヒビの入った聖十字がピキピキと割れていった――
「失われた筈だ……
頭突きの衝撃によって額から血を流し始めた男の手元で、十字架は木っ端となって――
――その内部に秘められていたモノを現した。
「キサマらが所有していたというのか……
消滅した筈の奇跡の遺物を前にした鴉紋は首を振ってから後退り、彼ですらが覚える生命としての根源的な恐怖に――全身を凍り付かせた。
「愛しき家族たちへぇ……アーメン」
静かに祈ったヘルヴィムは、無数の聖書に包まれたその槍を握り込み、その先より姿を現している光の刃面を凶悪へと向けた。
「我等の魂の代償を受けぇ……」
一度ゆったりと瞳を瞑ったヘルヴィムは、
「天界へ響け」
その燃え盛る瞳を勢い良く開き、拡散する紫色の光を解き放った――!
――そこに宿った御力は最早……
「
同時に神罰代行人は
かけがえの無い対価を支払い、人類の存亡が為に……
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