第356話 紅蓮がそれを赦さねぇ
死に体同然の様な男が再びに猛り狂い始めた――
その光景を誰もが信じられず、鴉紋でさえもがピタリと拳を止めてしまっていた。
父の雄叫びを聞き、視線を上げるフゥド――
「……!」
騎士達も信じられないものを見るかの様にしている。それ程にヘルヴィムの負ったダメージは凄まじく、恐らくはその顎も砕け、脳は未だ衝撃に揺れ動いているに違いない。
「――ヘェエエエエエア゛ッッ!!」
「ぶ――――っ!!」
立ち上がったヘルヴィムの頭突きが鴉紋の顔面を捉えて仰け反らせる。
――再び立ち上がって闘志を燃やしている代行人の姿に、彼等は幽霊でも見るかの様に目を瞬く事しか出来ないでいた。
「――ヘルヴィムッ!!」
「かぁぁああ――ッ!!!」
しかしヘルヴィムの視線が未だ定まらずに揺れている。やはりまだ脳が揺れていて激しい嘔吐感に襲われているのだろう。
「死ねッ!!」
「――クぐ……ッ?!!」
割れた聖十字による一撃をかわした鴉紋が、よろめいたヘルヴィムの腹を蹴りで吹き飛ばす。
何回転も転がり無様に横たわったヘルヴィム……しかしやはり彼は滝の様な血の垂れる口元を開き、膝に手を付いて起き上がってくる。
「何なんだ、お前は……!」
「ハレェェルヤぁぁ……」
その胸に十字を切りながら丸い
やや距離の出来た所で、ヘルヴィムは十字部分の割れてしまった聖十字を見下ろしたまま、懐より小瓶を取り出して頭から聖水を被る。
「効かねぇなぁ……蛇ぃぃ……そぉおんなものなのかぁ……アアアッ!!!?」
「うるせぇんだよ化物が……」
荒く震える吐息を断続的に繰り返す存在を前に、鴉紋は眉を怒らせて前へと踏み込んだ――
ヘルヴィムは壊れた聖十字より僅かな血を噴き上げると、そこに溶けて鴉紋の拳より逃れていこうとする――
――だが鴉紋は、目前で流れ始めた聖血へとためらいも無く腕を差し込んでいた。
「ぬぅが……っ!」
「もういいだろうヘルヴィム!」
聖血に触れた事によって鴉紋の右腕が溶けて煙を上げている。しかし悪魔はその苦痛を僅かにも見せないままに、大河より引きずり出したヘルヴィムの胸ぐらを掴んで眼前へと引き寄せた。
「そんなに息巻いてどうする……」
「ぐぬぅう!」
「貴様の渾身の一撃を打ち破り、その信仰の象徴である十字架も砕いてやった。これ以上お前に何が出来る」
「…………ッ!」
鼻を突き合わす程の至近距離より、鴉紋の恐ろしい面がヘルヴィムを覗く。
掠れた瞼を上げた代行人は竦み上がる事もせずにその視線を見つめ返し、静かに答えながら胸から下がったロケットペンダントを握っていった。
「負けられねぇんだよぉ……」
「……」
「度重なる
「紅蓮?」
「そして俺自身もまたぁ……それを諦めたくは無いぃ」
――力無かったヘルヴィムの面相が、目前の“魔”を噛み殺すかの様に激しいものへと変貌していく!
「いま我々に必要なのは“力”だ。そぅお……紛れも無い……力ッッ!! 悪魔に抵抗を示せると云うだけのぉお、人類が奮い立てるだけノッ圧倒的なるチカラッ!!」
「――っ!」
「故に俺は示そう……例え象徴を砕かれ、全開の一撃を蹴り払われ様とぉ……無慈悲なるぅぅ
――あの
「貴様、まだ何か……!」
まるで獣の様に危険な瞳を始めたヘルヴィムに鴉紋は気付く。
すると垂れた代行人の左腕より密かに伸びていたイバラが、鴉紋の足を絡め取ってすくい上げていた――
「チェェエイイィイイイイ――ッッ!!」
歯を喰い縛ったヘルヴィムが、尻もちを着く形で転倒した鴉紋に向かって、目一杯の左の鉄拳を繰り出す。
「ハア――――ッ!!」
「ギィびぃッッ?!!」
不十分な体制から繰り出されて来た鴉紋の額が、前へと押し進んでヘルヴィムの拳に頭突きをかます。肉を潰し骨を砕く鈍い音と共に、代行人の拳が砕けて甲より骨が飛び出した。
額より垂れて来るヘルヴィムの血液をペロリと舐めた鴉紋は、立ち上がる事もせずに挑戦的な視線を上げている。
「がぃいいいいイア――ッ!!」
「ぅ――ッ!」
しかしてヘルヴィムは怯む事も無く、続く乱暴な前蹴りで鴉紋を吹き飛ばした。
「ぐぅう……おのれ、蛇ぃぃっ」
苦悶の表情を見せて左手を匿うヘルヴィムが、土煙に紛れた黒き男に歯噛みしていく。
「身の程を知れよ……人間」
「く…………っ」
一つ灯った右の赤目と左の漆黒……その凄まじいプレッシャーに突き付けられるは、人類と鴉紋との間にある
「この詠唱さえ完了すればぁ……まだぁぁ」
未だ勝利を見据える神の使徒は、勢い良く顔を上げて右手の聖十字を眼前へと掲げる。
「主よ導きたまえ。我等は神罰――」
聖十字架越しに
だが――――
「それを俺が許すと思うのか……?」
鴉紋の背で十二の暗黒が躍動し、溜めた拳を前へと推し進める。
「っただ神の意志として断罪――――」
「舐めてんだろう、俺の事……なぁッッ!」
破裂を繰り返す様な邪爆に推され、漆黒の一筋がヘルヴィムの詠唱を妨害しようと宙を走っていった
――――その時である。
「――なんだお前……らはッ!」
「――ヘルヴィム神父ぅう!!」
その闇の直線を遮る様にして、黒きスータンの群れが銀の十字剣を振り上げながら飛び込んで来たのであった――
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