第354話 使徒に流るる血脈よ、いざ大願を前に狂い踊れ


「凶ぉお悪たる貴様に神罰をぉぉぉ……――」


 回転する聖十で血の翼をかき混ぜ、その形状を自在に変化させたヘルヴィムが、トプンと音を立てて大河に消えた。


「……」


 黙した鴉紋は真一文字の口でただジッと正面を見据えながら、拳の雷火を噴き上げる。

 為す術もない鴉紋が、血の大河に取り囲まれたその瞬間であった――


「――ックダスゥゥゥゥウウウウウウッッ!!!」

「く……っ!!」


 背後の紅き奔流より恐ろしい形相でそこに現れたヘルヴィムが、血の噴出で恐ろしく加速した聖十字を横に一閃した。


「舐めるなよ……!」


 何とかその一撃を防ぎつつも、大きく後退せざるを得なかった鴉紋。触れれば体が朽ち果てる代行人達の血の大河を間近にしつつ、反逆の視線を上げていく。


「ウゼェんだよ……」


 ――だがそこにはもうヘルヴィムの姿は無かった。再びに血に溶けて、鴉紋を取り囲む何処から姿を現そうとしているのだ。


「チッ……!」


 滔々とうとうと流れる激流が鴉紋の四方八方を囲んでいる。僅かに聴こえる風車の回転音から、彼が目まぐるしく大河の中を移動している事が分かる。


「――ヒエエエエエエア゛ッッ!!」

「ぐ……っ!!」


 中空にとぐろを巻いた紅き川より奇声と共にヘルヴィムが這い出すと、その大槌で鴉紋の横腹を殴り飛ばす。


「ゥウウ……ッ!!」


 すぐさま鴉紋は振り返るが、敵は既に血に溶けて次の地点より狙いを澄ましていた。


「ギィエエエエエエエエエアッ!!」

「だ……ッ、ぅく――ッ!!」


 鴉紋の動体視力を持ってしても目で追えぬ連撃が、甲高い奇声と共に幾度も繰り返され始めた。縦横無尽と血潮より出入りを繰り返すその飛沫が、激しく飛び散っていく。


「…………」

「うカ――?」


 連打を喰らいながら血反吐を吐いた鴉紋が、何やら瞳を瞑ってしまった。そんな奇怪な光景にヘルヴィムは首を傾げる。


「何のつもりだヘビぃぃ」

「…………」


 だが当然、この男が反撃の手を諦めている筈が無い。

 骨を打たれる激しい打撃音の最中に置いて、鴉紋はそのに意識を研ぎ澄ませているのだ。


「フザケルナァヘビィッ! そぉんな思い付きの芸当がコノ俺――」

「何時までも気持ち良さそうに泳いでんじゃねぇよッッ!!」

「――――ニッッ!!?!」


 右上方よりヘルヴィムが現れたその瞬間――鴉紋はカッと目を見開いて、大槌を振り下ろさんとする男の襟首を掴んでいた――


「――さかなみてぇによぉおおおオオオッッ!!」

「うぅギェええエア――ッ?!!」


 豪腕に物を云わせるただの力任せで、ヘルヴィムはその巨体を風を切る程に振り回された挙げ句――後頭部より地に叩き付けられる。


「――ぅうブゥエエエあッ!!」

「調子乗ってんじゃネェエッッ!!」


 ――地盤を叩き割るかの様な凄まじい一撃であったが、ヘルヴィムは後頭部に手をやって受け身を取った様だ。しかしてダメージは免れず、片方の鼻眼鏡アイグラシズにヒビを入れながら額に血が垂れ落ちる。


「べぇああ――――っ!!?」

「ひと噛みで終わらせてやる――!」


 衝撃的なるダメージに、目を剥き出しながら胸を高く挙げるしか無かったヘルヴィム。

 そんな彼に追い打ちを掛ける様にして蠢いたのは、暗黒なる十二の翼――それがヘルヴィムの頭上で鋭利に尖りきった巨大なであるかの様に配置されていった――


「『黒牙こくが』ッ!!!」

「――――ふぅアッッ!!!?」


 黒き雷電の翼は轟音と共に天を割る巨人の牙となって、ヘルヴィムをすくい上げながらその歯牙に挟み込む――


「――ぐゥゥウィイイイイイイイァィッッ!!!」


 電撃の痛みが代行人の全身を貫いていくのみならず、暗黒なる未知の魔力は、彼の臓腑を直接握り込むかの様に侵入して、激烈なる痛みで対象を襲っている――


「切り裂いてやるヘルヴィムッ!!」

「――ぁガァァアアアッ……ぎ、こぉおおおれが……っ……ヌゥァがっ……グ、どぉおしたんだボォケガァァああアアアアアアアッッ!!!」

「なん――――ッ!!?」


 その大牙を、頭上で水平にした聖十字と踏ん張った脚で堪えるヘルヴィム。体内で暴発するかの様な雷光を眼光より立ち上らせたまま、彼は煙の上がる口元で歯牙を剥き始めていた――

 頭上で解き放たれる余りにも常識を外れた闘志に、鴉紋の額にはじっとりとした汗が流れる。


「か……カミの……怒りヲ……ッッ」

「――――!」


 明滅する電雷の最中に挟まれたまま、神罰代行人は紫色の眼光を拡散する――!


「テッツイ……ッッヲッ――キィィサマにィィいいいい゛ッッ!!! ――ェェエエアアア゛ア゛ッッッ!!!!」

「なんて奴だ……こいつッ!」


 ヘルヴィムの頭上にある紅き聖十字が、焔を上げる程に激しく回り乱れる。すると足元でくすぶっていた血の大河が、大波の如く噴き上げて暗黒の翼を絡め取った――!


「……ッぐぅ!!」

「断罪の刻であるぅぅ……ッヘェエエエビィィイイイイイイイイイッッ!!!!!」

「ぅ……っ!?」


 暗黒の大牙より解放されながら、中空で留まり鬼の様な形相となったヘルヴィム。ビキビキと盛り上がっていく血管が彼の顔を満たしきってしまう程に、その力みは凄まじく、そしておぞましかった。


「徹底として厳粛にぃぃ……カァァアミの意志とシテェエエエアッ神罰をおオオォォォッッ!!!!」


 闇の翼を払い除けた四枚の血の大翼が、一度空へと放射してから、一塊の怒涛となって鴉紋へと降り落ちて来た――


「使徒に流るる血脈よぉ、いざ大願を前にぃ……ッ狂い踊レぇエエッ!!!」


 ヘルヴィムによる怒号の詠唱がとどろくと、逆巻く聖血が沸騰して総毛立つ――


「『鬼流怒羅オルドラ』ァァァアアアアアアアアア――ッッ!!」

 

 そして連綿れんめんと受け継いで来た血脈が、その成就を求めて連なり合う――

 神罰代行人の絶技が今、そこに執念の牙を剥いて悪魔へと向かう!

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