第344話 狂気過敏と陰険な参謀


「裏切り者は許さん……絶対に〜、私を陥れたこの報い、受けさせてやる〜!」


 不穏な空気を醸し出し始めたシャルル。彼は正気では無さそうな瞳を落としたまま、その金色の杖を力強く地に突き立てた。


「『硝子世界グラスワールド――狂気過敏』」


 うねる大気がシャルルの長髪を突き上げていくと、彼を中心にして透明の円が広がって、約10メートル程のとなった。


「あ、うあぁ、シャルル様それだけは、お気を確かに持たれよ!」

「シャルル様、クリッソン様何故なのです、俺達は忠義を尽くし、貴方達に尽くして来た筈だ!」


 シャルルの拡散していった不透明なる球体は教会の内部にひしめき、逃げ場の無い騎士達を為す術も無く呑み込んでいく。


「ワッハッハ、今度は仲間割れか、醜いな人間共!」


 何やら激しく動揺を始めた騎士達を見やり、クレイスと共にグラディエーター達は腹を抱えて笑い始めた。


「……待って下さいクレイスさん」


 しかしフロンスは一人、その場に置いてシャルルの打ち出し始めた危険なオーラの真髄を見極めていた。


「これは危険です……一旦退避するのが懸命かと」

「んーどういう事だフロンスさん?」

「何言ってるっすか、勝機っすよこれは!」


 深々とお辞儀でもしているかの様に腰を折ったシャルルが、巨大な目玉を剥き出し、そして血走らせながら前へと歩み始めた。


「ヒヤァァアシャルル様……シャルルさ――」

「消えてく……消え、割れる?!」


 何事なのか、我先にと周囲を押しやり始めた約1000の騎士。岩山をくり貫いて建設された広大な教会に、必死を極めた彼等の熱気が満ちていく。


「割れろガラスの様に、花瓶の様に脆く崩れ去ってしまえ〜、私を裏切ったのだ、騙したのだ、お前達は私を! 私に謀反を企て砕き割ろうとしたのだ〜信頼していたのに〜」


「な、何が起きてるっす……?」


 むせ返る様な熱気に巻かれて汗をかき始めたポック。彼は荒れ狂い始めた集団の中へと視線を凝らすが、状況は未だ判然とせず不明瞭で、ただ分かる事と云えば、鬼気迫る形相で騎士がシャルルから逃げ惑い始めたという事だけである。


「おい、何が起きてるポック! そこから何か見えないのか!?」


 必然、その人波はナイトメアの軍勢へと流れ込んで来る。しかし彼等は剣をまともに振るう事も出来ずに、恐怖に飲まれて遮二無二しゃにむに振り乱しているばかりなのであった。

 切り伏せる事など造作で無かった人間達を足蹴にしたロチアート達であったが、一心不乱で続々と押しやって来る集団に揉みくちゃになっていくしか無い。


「分かんない、分かんないっす……ただ――」


 風を纏い、騎士達を吹き飛ばしたポックは呆然とした表情になって、今更ながらにクレイスの問いに答えていった。


「ただ、……」


 入り乱れた戦況の中で彼等が見やるは、びゅうびゅうと吹き荒れる風巻の中で、その身に細かいガラス片をありったけに巻き上げながら、青いステンドグラスからの緩い陽光でキラキラと輝き始めたシャルルの姿であった。

 パリンパリンと、何かの砕け去っていく物音が鳴り止まなくなった景観の中で、一歩一歩と地を踏みしめる様に歩んで来る狂気の大王は、敵も味方も無く――な攻撃を加えながらフロンスに向かって来る。


「これは……一体なんなのですか?」


 眉根を寄せたフロンスが、『死人使い』の能力で使役した一人の騎士を、シャルルに向かって飛び上がらせる。


「コォアアア――!!」


 生気の抜けた白き目の死人は、その手に握った銀の長剣をシャルルに向かって振り下ろしながら、上空より狂気王の放つ透明な球体へと接触した――


「な――……っ」


 その死人の追った結末を、その場に残された全てのロチアートが目撃していた。そしてそれぞれにツバを飲み込み始めると、目を瞬いて顎を震わせる。


「人体が……肉が――に変化したとでも言うのですか?」


 フロンスが認めたのは、自らの死人が透明な球体へと踏み入った瞬間より、透明なガラス細工にその身を変化させていった瞬間であった。

 亀裂の入った体を粉々に砕き割られた一人の死人は、もうその亡骸が何処にも見当たらない程の細かな塵となって、シャルルの起こす歪んだ波動にかき混ぜられていった。


「何だありゃ、あんなのどうやっても……く、ぅわぁぁあ」

「退け、そこを退けロチアート共! 道を開けろ、俺はこんな所で死にたく無いッ」


 教会に渦巻いた生命達の絶叫。無差別に行使されるシャルルの恐ろしい能力に、彼等はクレイスの打ち砕いた壁より外の日差しを目指していった――

 顎に手をやり上目遣いに敵将を見やったフロンスは、冷静な声音でクレイスとポックへと告げていった。


「これでもまだ勝機などと言いますか……?」

「……くっ」

「こちらの兵への被害が予測出来ません……あの球体に取り込まれたらお終いの様です。とにかく一度、逃げ場の無いこの場より退避しましょう」


 キッと結んだ口元で頷いたクレイスとポック、彼等はすっかりと教会内部へと踏み込んだ形となっている魔物とロチアートの群れに撤退を命じる。


 が――――


「ぐふふふふ……」


 項垂れたシャルルの後方――歪んだ景色の最奥で、手元に黄色い魔法陣を照り輝かせたクリッソンの声が漏れた。


「『修繕』」

「な――ッ壁が、打ち崩れた壁が直って!?」


 口の端よりダクダクと滝の様なヨダレを垂らし始めた男は、イヤらしい笑みを浮かべたまま崩れた壁を瞬時にし、外へと這い出そうとする騎士やロチアート達の行く手を阻んでいた。

 陽光遮り暗所に変わった教会に、数多据えられたロウソクの灯りが揺らめく。


「何故、クリッソン様……何故なのですか!!」

「お願いです何でも致します、敵陣に特攻でも致しますから!」

「隊長にいわれのない罪を浴びせられ、その無実を潔白する間もなく踏み砕かれるなど、こんな不名誉な……わ、私はこれまで何の為にッ!?」

「ぐふふ」


 涙ながらに小さき男へと振り返る騎士達。退路を阻まれた彼等は逃げる事も許されず、乱心の大王に踏み潰されるしか無いのだ。

 これまで健気に忠義を尽くして来た騎士達が、クリッソンへと助けを求める。

 ――だが彼はその禿げ上がった頭を撫でながら、黄ばんだ歯を見せてこう言い放つのであった。


「お前達は良くやった……

「「――――っ!」」

「うんうん、シャルルをここへと導く私の芝居に、良く付き合ってくれた」

「え……っ?」

「そんな……そ、そん――」

「結果として家畜共をここに閉じ込め、する準備が整った……ぐふふすまんな、こうせんとあの大王は動いてくれんのだ」


 彼等の高尚なる騎士道を踏みにじり、やすやすと1000の部下までもを捨て去ったクリッソン。


「なに、シャルルの潜在能力は規格外なのでな。貴様ら雑兵を集めるよりも、この狂気一つを深めた方が勝利に近いのだ。ぐっふふふ……なに、それだけの事だ。お前達は正義の為、国の為に死ね」

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