第345話 狂ったままで


 クリッソンの言い放った余りにも無慈悲かつ非人道的たる決断に、騎士達は愕然とするしか無かった。

 将に見捨てられたそんな人間達を見やり、クレイスは鼻を鳴らせながら手元のグラディウスに半透明の槍を纏わせる。


「貴様等人間に同情するという事は無論無いが……この様なゲスの上官についてしまった事には、率直に憐れみを感じよう」


 そして彼の手元には、先程壁を打ち破った超大な朱槍が現れた。


「我等もここに監禁される訳にはいかんのでなッ『反骨の槍』――ッッ!!」


 ビキビキとクレイスの肉が盛り上がり、その筋肉より槍が投擲とうてきされる――!


「外へ出られるぞ!」


 大きく瓦解した壁より弱い日差しが射し込むと、騎士達は我先にと外へと向かって走り出した――


「『修繕』――」


 クリッソンはもう一度そう唱えると、手元より黄色い光を発散していった――


「うぁ――瓦礫がっ」

「うぁ……うァァァが――ブゥギぎ……!!?」


 元あった位置へと戻っていった瓦礫が、壁を跨ごうとした騎士達を巻き込む程瞬時に再生を遂げてしまった。


「ぅゲァ――カ!!」

「潰……痛…………ぁ!」


 その余りにも酷い光景に流石に恐々とするグラディエーター達。逃げ惑った騎士達が瓦礫に掬い上げられるまま、壁に一体化して肉を潰されている。

 加えてシャルルの放った巨大なガラス片が教会の出入り口さえをも塞いでしまった。


「ぐふふふ誰が逃げて良いと言った? 私は言ったぞ、ここで死ねと。それが貴様達の出来る最期の使命なのだ」

「おのれ、やはり人間とは下郎だな」


 歯軋りをしたクレイスが見上げるは――

 血に濡れる外壁。そこより覗く数多の四肢や人の頭……呻く事もしなくなり、やがてボトリと落ちていった肉片が壁の際へと積み上がっていく。


「クリッソンとか言ったか……英傑だか何だか知らんが――」

「ぐふー……?」

「誰よりも何よりも神よりも尊い……鴉紋様に楯突いた事を後悔させてやろう……!」


 メンチを切ったクレイスに呼応したかの様に、周囲に取り巻いたグラディエーター達が、ポックを筆頭に闇の鎧を纏いあげる――

 そしてクレイスは片眼鏡モノクルを輝かせた小さき男へと掌を差し向けた。


「放てッ!!」


 グラディエーター達の雄叫びと共に、闇で出来上がった槍がクリッソンへと投げ放たれていった。

 風を切り、雨あられと降り注いだ黒き槍は、シャルルの放つ球体技の行使範囲を飛び越えて、ミハイル像の側に立ち尽くしたままのクリッソンへと突き落ちていった――


「『無関与不干渉フェイカー』」


 突如その場に響き渡ったのは、陰険なる参謀による一声であった。

 地を穿ち、無数に揺らめいた暗黒の槍がクリッソンをいる。


「な、なんなんすかっ!」

「ちょこざい事をするな、この小さき人間め!」


 クレイスとポックの怒号が飛び交うも、何事も無くその場に胡座をかき始めたクリッソン。暗黒の長棒が何本もその身を突き抜けているが、半透明となった彼には何のダメージも残せないでいる様子である。


「私には戦闘的な能力が無い……故に貴様等には終始不干渉であり、その間私は全ての攻撃を受け付けない。まさに参謀として喉から手が出るかの様な力であろう?」

「不干渉って、さっき騎士共を巻き込んで壁に埋め込んだっすよね!」

「はぁ……? 私は直しただけだ。壊れた物を元の通りに。『修繕』はそれだけの平和的な能力だが?」

「また随分な勝手都合っすね……それで自分が無敵になったとでも言うつもりっすか!」

「あぁそうだ。私はこれで完全無欠。貴様等にはもう私を害する術も無いのだよ」


 そこまで言ったクリッソンは、冷酷なる目付きでジロリと騎士達を見渡していった。


 逆巻く銀景色を前に、フロンスはガラス片に傷ついていく体にも構わず首を捻り出した。


「ふむ……敵も纏めて殲滅せんめつされてしまっては私の体を保つ魔力源すら無くなってしまう。ある意味で私にとっては兵糧攻めの様なものです……ヒョッとしてミハイルさんから私の体の仕組みを?」

「割れろ裏切り者め〜粉々の白銀に〜」

「……会話になりませんね。せめて食べ物のあるうちにやってしまうとしましょう」


 するとフロンスは平然とした顔つきのまま、親指を上へ、そして小指を下へと立てた拳を180度回転させていった。


「『狂魂きょうこん』」


 途端に紫の妖気を立ち上らせながら、赤目を灯して筋肉を膨張させていったフロンス。彼はその技によって、自らの脳にかかったリミッターを外しているのだ。


「ひぃぃあ、こ、こっちにも化物が、……俺達はどうしたら、何処に逃げたらいいっ!?」


 強烈な眼光の発光と共に、肉を盛り上げた異形の出で立ちとなったフロンス。邪悪極まる妖気を立ち上らせながら、フロンスは裂けた口角を耳まで吊り上げながら咆哮した。


「キィギャァアアアアアア――ッッ!!!」


 人の脳の制限を無理矢理に解除したフロンスは、正気を失って化物へと成り下がろうとしていく自分を、頭を振って静止した。


「フゥゥウ……ッ――ぅぅウウウ!!」


 吐息荒げたフロンスは、確かに知性を保った瞳に直りながらその胸サハトに手を当てた。


「また私に……力を貸して下さい、サハト……っ」


 醜き筋肉の塊となる程に体を膨張させたフロンスに、シャルルは怯えた目付きを向け始める。


「誰に喋っているのだ、恐ろしい〜お前はもしや、狂っているのでは無いのか〜」


 果たして皮肉であるのか、彼の知性が足りていないのか……その点がイマイチ判断出来ぬままにそう語り掛けられたフロンスは、揺らぐオーラに景色さえも歪ませた大王に向かって、自身もまたその真偽が分からない様に

 ――緩やかに笑った。


「良いじゃないですか、狂ったままで居させて下さい……彼とも何時まで一緒に居られるか分からないのですから」

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