第333話 思い出と共に
交錯するルシルとミハイルによる永き因縁……
「お前を殺すぞミハイル、この世界に費やした狂った悪め!!」
黒い指先で指し示された天使は、懐より
「罪をはかるのはお前じゃない……私だ」
空に開いた天輪が鍔迫り合い、ミハイルの光とルシルの闇が絡み呑み込み合う――
果て度もないエネルギーの最中、ミハイルはやれやれと首を振った。
「……だが良いだろう。それは復讐の為かいルシル?」
「は……?」
「もう一度聞くよ……
「――っ!!」
かつてルシルが愛し、そしてこの世界に殺された、グザファンと呼ばれるロチアートの始祖の名をミハイルは口にする。
「貴様……っ」
するとみるみると鴉紋の顔つきは変わり、鼻筋には深く奥歯を噛んだ際の深いシワが刻み込まれた。
「消えていないよね、ヘドロの様に底の見えない怒り……お前のその根源となる彼女の存在は」
「……っ!」
「知っているだろう。グザファンを捕らえたのは私だ、ここで永劫の罪を償わせ続けたのも私だ、そして最後にその首を落としたのも……」
「…………!」
ミハイルは
「憎いだろう私が、何よりも赦せない筈だ……消える訳が無い。お前の中に渦を巻く、この私への復讐心は」
ルシルの中の何かを目覚めさせようとするミハイル。神経を逆撫でする危険な挑発に、鴉紋の周囲に絡み付いた悪逆の風が、怒涛の勢いを
だがしかし――――
「俺が何と答えるのかも……お前の瞳には映っていないのか、ミハイル?」
「…………っ!」
そこに表れるは、やはりミハイルの期待する彼では無く、誰かの為に奮闘し前を向こうとする……そんな、変わり果ててしまった悪魔の姿であった。
「グザファンはもういない……」
「ルシル……ぁぁッ」
悲しみを知り、怒りを炸裂させて、不条理な世界を歩いた……忌むべき人間の
「俺に出来る事は、奴の幻影を追う事じゃ無い」
何時しか彼の生き方に魅せられて、幾度と無い魂の咆哮を聞かされて、不可能を可能にせんとする、無器用な一人の人間に同調していた。
「俺は……
「……やめろっ、その先を言うなルシル!!」
ミハイルの中にあった理想像は跡形も無く崩れ去り、やはりそこには、一人の人間の思いに波長を合わせた、半人半魔の化物が完成していた――
「赤い瞳達を守る、その為に――!!」
「うぅぁ……ぁ、ぁ、ぅ」
惜しげも無く咽び泣くミハイルの声。
やはり彼の追い求めた完璧なる魔王の姿は、もう戻っては来ないのだ。
「うああああああああああぁぁああああ!!!!」
これ程感情を昂ぶらせる程に、ミハイルという存在は――ルシルを心の底から
彼等が世界の象徴であり続けるミハイルが、子どものように泣き喚くその姿に、人間達は強い動揺を示すしか無かった。
だが、それでもミハイルは声を上げて泣き続けた。
この様な結末は、既に彼の瞳には映っていた筈であったのに……
「お前が何で泣いているのかが分からねぇ……俺が血も涙もない悪魔だからか?」
「ぅ……っ……ルシ……ル!」
息を吐いたミハイルが、ピタリと泣くのを辞めて空へと舞い上がった。
眩い光の大翼を羽ばたき、強き天よりの光明が彼を照らす。
「お前が悪魔で無くなったからだ、ルシル……」
互いの波動が空にぶつかり合う。決して譲らぬ光と闇が、地上を吹き荒らしながら空をかき混ぜる!
「来るがいいルシル……思い出と共に消し去ってやる」
怒りに震えるミハイルの声音がそう告げる。すると人間達は来たる
同じく滾り始めた赤目の群れが咆哮する。
さぁ今に戦争を始めようというその瞬間――
鴉紋はクルリと向きを変え、彼等に背を向けてしまった。
「あの日と同じ
「……っ」
「今日は宣戦布告に来ただけだ」
前回の敗走を教訓に、怒りに任せやすやすと手を出す事を辞した鴉紋。
赤目の群れは驚く様子も無く、王と共に引き下がっていった。
「近いうちにまた来るぜ……その時に、この場に居る奴を皆殺しにする」
驚きを隠せない人類は、ミハイルの戦略には乗らぬと告げた、魔の撤退を眺める事しか出来なかった。
「ふん……」
何やら溜飲を下げた様子のミハイルは、空より舞い降りながら玉座に座り込んでしまった。
「どぉぉいう事だぁあミハイルゥウ!」
すると起こったヘルヴィムの凄まじい怒声に、混成団の騎士達が一斉に彼を見た。
「何故追わんッ蛇をみすみす取り逃がす気かぁあッ!!」
足を組んだミハイルは、平静に戻りながら疑問を浮かべた彼等に告げていった。
「言った筈だ。
「な、何だとぉぉテメェええ、こっちを向け男女ァァァあ!!」
「ヘルヴィム神父、ミハイル様にそんな……お、お辞めください!」
黒の狂信者に抑え込まれるヘルヴィムには構わずに、立ち去っていく鴉紋の背中を忌々しそうに見つめるミハイル。
「一ヶ月と十日の後に、また会おうかルシル」
ミハイルの策略を回避したつもりの鴉紋であったが、天使の瞳にはとっくの昔に、悪魔の再来する時が予見されていた。
「つまりお前は、既に私の掌の上に乗っているんだよ」
天使の黄色い虹彩が、天輪より降り注ぐ光明に光り輝いた――
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