第332話 殺セ、奪エ、オマエラノ全テヲ!


 悪逆の放つ非道な声に、ジャンヌは一人囁いた。


「やはり貴方方の事は理解出来ません」


 狂った様に笑い始めた鴉紋の背後で、十二の黒雷が渦を巻いて猛り狂っていく。

 そうした黒の大渦の中で、切り裂いていく様な鴉紋の奇声がある。


「殺せ、奪えッ! 踏み潰して強奪しろエドワード! 人間共を殺せ、醜い人間の残る全てヲッ!!」


 ネジの外れた様に狂っていく鴉紋を中心に、一つの使命を与えられた魔族達が不気味な笑みで滾り始める。

 勢い付いて来た邪悪の風を掻き分けながら、ジャンヌが光の旗と共に鴉紋に向かい始めた。


「そうですか、それで私達を殺すと言うのですね……貴方方敵国は、またしてもそう……」

「げヒィアアーッハハハハハッ……クッハハハハ!!」

「お前もまた、私達と同じ人間であるというのに」


 闇に一人立ち向かってくる奇跡の少女は、その身に光を凝縮したまま、悪風を割って鴉紋へと歩み寄る。

 そんな少女を、鴉紋は歪む瞳で見下ろした。


「そうだな……俺はお前達の全てを憎み、殺してやりたいと思ってるんだ……俺もまた人間であるのに」


 勝手極まる劣悪な言葉に、ジャンヌは微笑みを返していた。


「いひひ……分かってるじゃないですか。いくら耳障りの良い事を言ったところで、所詮それが人の業、本質なのです」


 闇の濃霧に停滞したジャンヌに変わり、勢いを取り戻したゲクランが大きな声を発し始めた。


「貴様、人を喰らっておいてまだ被害者面を続けるつもりか!」

「……」

「都合が良いな……貴様のしようという事は、ロチアートの受けた仕打ちに対する、安っぽい意趣返しに過ぎんというに!」

「そうだな……俺達はもう、被害者でいる事を辞めよう」

「ぬ……!」


「今度は俺達が貴様等に加害スル……ッ!!」


 振り上げた鴉紋の右上腕を、白き魔法陣が囲う――


「『黒雷こくらい』ッッ!!」


 人類と魔族との間に墜落した黒き閃光!

 突如暴発した凄まじい闇のエネルギーが、迫る人間達を豪風に吹き飛ばしていった――

 後退を余儀無くされたジャンヌが、眉間に深いシワを刻み込みながら、そこに存在する悪意の固まりを見上げていった。


「最早人とも思わぬ方が良いか……」


 そこに立ち尽くすは、大手を広げた黒き極魔の王。滾る黒の波動が勢いを増して闇を濃くしていきながら、その背後に数え切れない程の赤目を灯す。

 毒々しいまでの、怨みのこもった激しい眼光が――!

 

 比較にならない程の邪悪を叩き付けられ、人類は後退る。目前で巻き上がる黒きつむじ風が肌を切り刻み始めた。


 ――そうして鴉紋は語るのだ。人間達の知覚する、悪意に塗れた権化となって。


「それで良いのさ。俺にとってはそれが、仲間と共に笑い合って過ごせるなんだから」


 押しやられる闇の暴風に踏み耐えたダルフが、黄金の眼光を滾らせながら前へと踏み込んだ。


「ふざけるな……アモ……ン、お前の叶えたい世界とはそんなものじゃッ!!」


 空に逆巻く十二の黒翼に対する様に、ダルフの白き六枚の稲光が空へと渦巻いた。

 そして鴉紋の右の目が、赤く、紅く……焔の様に強く余韻を残して空へと立ち上る。




「だからお前等の全てを寄越せッ、人間ッッ!!」




 ビリビリと肌を刺激する咆哮と共に、そこに踏み耐えた人類は、全て風に流されて体を投げ出した。


 同時に、王の側に付いたロチアート達が息巻く。


 異形と一体化したシクスが――

「ギャーッハハハハハ! 俺はずっとこんな世界を夢描いてたんだ、こんな風に人間共が踏み潰れていく最強の世界をッ!」

 天使を喰らい、取り込んだフロンスが――

「私が何故人を愛してはいけなかったのか……ロチアートとは、人間とは一体何なのか……教えてくれますか? ふふっハッハッハ!」

 地獄の業火を纏うセイルが――

「鴉紋の前に立つ奴は殺す。焼いて何もかも存在毎消し去る……鴉紋の為に、鴉紋の邪魔になる奴は全員……」

 この大地を震撼させるクレイスが――

「鴉紋様! 今こそ我等奴隷達、反旗の時か!!」


 力の一端を垣間見せ、人類との格の違いを見せ付けた鴉紋。彼の前からは押し寄せていた人波が晴れ、ミハイルまで一直線に至る視界が開けていた。


「……ルシル」


 魔に押し寄せられる人類の窮地に置いて、ミハイルはその黄色の瞳を開いて悪魔を見据えていた。

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