第331話 こちらの台詞だゴミめらが


 再びに睨み合った両者。すると大鎌を振り払ったエドワードの会話を聞いた鴉紋が、一つの疑問に至る。


「お前達も……俺の居た世界から来たのか?」


 それはエドワードとの因縁を語る八英傑に向けられた問いであった。鴉紋にしても、エドワード以外に自分と同じ世界から来た者が居るとは思っていなかったのだ。


「ああそうだ! 鶏肉が恋しくて堪らんのだ、肉が付かんわ」

「おおそうだ! 馬も欲しい、軍馬は戦に大きな戦略を生むからな」

生憎あいにく私は元の世界に未練などは無いな。何故ならあの世界では、ジャンヌ・ダルクという栄光が没しているのだから……しかしこの世界には居る……素晴らしいだろう! なぁギー!」

「アンギャァァアアア俺もそう思うぞ兄者ぁぁあ!」

「あうあうあう〜……私は戦乱の多い前の世には戻りたく無い〜、それに私は狂ってしまっていたのだ……あぁっ、しかしこの世界でも私は狂ってしまっているのか〜分からない〜」

「シャルルよ、お前は狂ってなどおらん。前の世界では野蛮人に扮したショーで火だるまになるなど……うむ、確かに狂っていたが。今のお前はなんだ……ふ〜む。まぁ私も居るし多分大丈夫だ」


 ゲクランを除く英傑達がニヤついてそう口々にすると、御旗を地に突き立てたジャンヌが顎を上げた。


「……これで問いに対する答えになりましたか、終夜鴉紋」


 一体どんな因果があるのか、時代や地域は違えど、少なくとも同じ価値観を持つ“地球からの来訪者”であるらしい彼等に向けて鴉紋は続けていった。


「ならば聞こう……お前達は、人が人を喰うこの世界が狂っているとは思わないのか?」

「「…………」」

「この世界の摂理が間違っているとは……!」


 核心を突く真剣な面持ちの鴉紋に対し、英傑達は嘲笑を入り混ざらせた声を返し始めた。

 横にハネた鼻下の髭を指先で摘んだジル・ド・レは、細く鋭い目で口元をニヤつかせる。


「人が人を喰う……お前はそんな事で憤慨しているのか?」

「そんな事だと……」

「戦時中には良くある事よ。ただ禁忌に触れる故に書には記されぬというだけの事」

「アンギャァそうだ、俺達書き手は制限されているだけだ! 品位を落とす事になるからな!」

「我々が行い、また行われて来た、草も根も焼き尽くす焦土作戦とはそういう事だろう。そこに落ちている肉を喰らわなければ敵国を討ち滅ぼせんのだ。戦にはそれ程の狂気と執念があった」

「……っ」


 言葉を失った鴉紋に、シャルル6世の横からクリッソンが侮蔑の鼻を鳴らす。


「そんな事で喚いているお前は、ただ平穏な世から来たというだけの事だろう」

「……!」

「そもそもだ、ロチアートを人間と呼称する時点から違う。奴等は人間で無く、ただ形態の似た猿の様なものよ。他に畜生もおらん故に、この世界で喰われ始めるのは順当な摂理であろうが」

「……このジジイ」

「そしてある意味ではロチアートは繁栄していたのだ。この世界の人間に喰われるが為、農園で管理される事で。奴等もまたそれで幸せを感じ、本望であった筈だ」


 杖に身を寄せたシャルルが、こぼれ落ちそうな瞳でギョロリと鴉紋を見上げていく。


「弱きロチアートが繁栄する為にはそれが必要な事であったのだ〜。我々人間にすがる持ちつ持たれつの共生関係は、奴等にとって子孫を残していくすべであり、処世術であった〜……だがそれをお前が崩壊させた〜」

「ふざけるな貴様等……俺達魔族が、赤い瞳が……人間に喰われる為に産まれたとでもっ!」


 怒りにうち震えた鴉紋を見やり、ザントライユは笑みを携えて語り出した。


「ナァーハッハッ初めはそうではなかっただろう。だが流動的にそう変じていっただけ。全ての種がそうである様にだ!」


 人間達の手前勝手な解釈を聞き、鴉紋の眉が何処までも吊り上がっていくと、ラ・イルが腹を抱えて笑い始めた。


「バァーハッハッハ! まこと腑抜けた事で怒り狂っておるのだな、終夜鴉紋よ! 戦場では決まってお前の様な奴からくたばっていったぞ!」

「仲間を喰われて……これが腑抜けているだと!」

「ああそうだ! 我等は時に敵も味方も無く、自国の民ですらをも喰ろうたぞ! それ程に、敵国の仕掛ける戦略が卑劣であったが故に!」


 ややばかり憤慨している様子のラ・イルの視線が、彼の前に立ったエドワード黒太子に注がれ始めた事に鴉紋は気付く。


騎行シュヴォシェという、とても人の所業とは思えぬ戦略を知っているか?」

「シュヴォ……シェ?」

「騎行とは、敵国を進軍する騎士らが、辿る道筋の全てを焼け野原に変えていくおぞましい戦略よ」

「……っ」

「奴等は決まって集落や都をルートに選んだ。そして思い付く限りの破壊を尽くし、民も人も財産も、あらゆる全てを壊し尽くして次の都へと向かった! あれ程栄華を極めた豊かな都が、奴等が通れば、残るは草木一本すら無い焼け野原よ!」


 かつて彼等を苦しめたという野蛮極まる作戦に鴉紋が呆気に取られていると、ラ・イルは震える指先をエドワードへと差し向ける。


「何を隠そう……その騎行の大名手こそが、貴様の前で立ち尽くしているその男――エドワード黒太子よ!」

「なに……?」


 鴉紋の前で漆黒の大鎌を握る男は、何の反応も示さずに振り返る事もしない。それについて弁解するつもりも毛頭無いといった程に、彼は依然と胸を張って前だけを見据えていた。

 するとそこで、エドワードに相対するゲクランが口を開き始める。この場に居る誰よりも、このエドワードという冷血漢の恐ろしさを目前にして来た男は、震える口元で苦い記憶に顔を歪めていく。


「知らずにこの様な悪魔を配下に加えていたのか終夜鴉紋……この男は、かつてその騎行によって我が祖国での破壊と略奪を繰り返し、優に500にも足りる村都を壊滅させた男だ」

「500の……」

「そうだ! それはもう、何万人の民が犠牲になったとも知れぬ凄まじい悲劇であり、我が祖国の全土がこの男に震撼した! こいつは人の身でありながら、心に悪魔を宿した凶悪そのものなのだ!」


 ゲクランの語る真実に衝撃を隠せなくなった鴉紋は、こちらに背を向けたまま黙している黒騎士に問い掛けていった。


「エドワード……今の話しは本当なのか?」


 感情の窺い知れぬ重厚な声音に、エドワードは首元だけを振り返らせてゆっくりと答えていった。



「「「っ――――」」」


 恐らくは何の思い入れも無く語られたエドワードの返答に、鴉紋だけで無く、八英傑までもが息を呑む事しか出来なかった。

 そしてエドワードは続ける。忠誠を誓う王を仰ぎながらに――


「しかしそこに赤い瞳などおりませんでした。良く覚えておりませんが、居たとしても、敵国の虫ケラと同じでした」

「……」

「全ては我が勝利と快楽の為でした。私に憤慨なされるか……王?」


 怖気の立つ程のエドワードの醜悪な声明に、一人歪んだ声を漏らしたのは、鴉紋だけだった――


「クック……問題などある訳が無い。お前は区別無く人間共を殺しただけなのだろう、エドワード」

「左様」

「クックックッ……あはっはっはは!」


 鴉紋の持つ冷酷なる二面性に空寒さを覚えた全ての人間が、黙りこくって空に響いた笑みを聞き終えると、魔王はスゥと息を吸っていった。


「そんな事で憤慨しているのか……それはこちらの台詞だ人間共ゴミめらが」

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