第328話 額突き合わす人間共と家畜
鴉紋の振り上げた拳がピタリと止まっていた――
「……っ!」
もし仮にそのまま拳を前に押し進めていたならば、ゲクランというこの男に、黒き鋼鉄の腕までもが真っ二つに切断されていたと予感せざるを得ない、そんな激しい力を感じ取ったのだ。
突如として少女との間を割って現れた馬鹿げた闘気。あの鴉紋でさえもが腕を止めた豪将を前に、再びに膠着状態となる両者。
そこに集い始めるは、同じく兵をかき分けて前線に現れた英傑達。
「お前達は……なんだ?」
それぞれから感じる人知を超えた領域の波動。ジャンヌの前に集結した不可解なる強者達に、鴉紋は横に並んだ彼等を睨め付けていく。
“魔”に相対し、怖じける事無く勢い付いていく人間達。
――ただし出しゃばるのは、何も八英傑の専売特許という訳では無い。
「鴉紋に殺意をぶつけるな……ドロドロのマグマになるまで燃やし尽くすぞ」
灼熱の眼光をそこに携え、いかなる魔をも焼き尽くす邪滅の炎を背に立ち上らせたセイルが、八英傑の前に現れる。
「いいや、粉になるまで踏み潰してやろうか」
血の鎧を纏うクレイスが、大地を震撼させる大槍を地に突き立てながらそこに並び、不気味な笑みと共に舌舐めずりをしたフロンスが邪悪を迸らせる。
「お腹が空きました。空いて空いて仕方が無いのです……こんな体になってしまってから」
更に惨たらしい異形の旋風と共に、怪異の群れが空を飛び荒れながらシクスに絡み付いていく。
「いっヒャはぁ! ちげぇよ、死んだ方がマシだっつう位、エゲツねぇ悪夢で捻じり潰すんだよ……!」
八英傑に向かい合った彼等の背後より、膨大なる赤目が灯って人間を見つめ始めた。戦力の差は、やはりナイトメアの軍勢が圧倒的である。
膨大なる邪気の大波に騎士達はややばかり勢いを失くしたが、ジャンヌと共に最前列に並んだ八英傑は、何やら来たる難敵との闘いに高揚してさえもいる様子で挑発的な態度を崩さなかった。
「逆境だぁ……これは逆境だぁ……!!」
ゲクランが満面の笑みでハルバードを中段に構えると、白き闘気が立ち上っていった。
――いや、ゲクランだけで無く、英傑達のそれぞれから、邪を押し退ける激しい白の闘気が溢れ出している。
「さすれば……全っ開でいく……!!」
まんまと自分好みの戦況に陥ったゲクランは――“窮地に陥らねば全力を出してはならぬ”という誓約に
「フッハッ……フッハハハッ! 娘、俺はこの世界に来て良かったぞ!」
「そうですか、それは良かった……実に実にっ」
牙の様な八重歯をジャンヌが輝かせると、ゲクランは力み上げた体をミキミキと膨張させながらハルバードを引いていった。
そこに出来上がる暴力的な力の塊は、まるで肉の砲丸であるかの様であった。
「貫き通す!! フハ――ッ!!」
――全力の一撃で魔共を薙ぎ払う為に、太い柄をを強く握り込んだゲクラン。
「――ン……!?」
いざ闘いの火蓋となる一撃を解き放とうとした彼であったが、強烈に風を切る一本の釘が足元に突き立ったのに気付いて技を中断させていた。
「ふざけるなぁ、異世界より来たクズ共がぁぁっ」
そして同時に、凄まじい奇声を発する男が空より降り落ちて来るのを感じる。
「親愛なる常世を守護するはぁ、神より使命を与えられたこの俺ぇ、この日この宿願の為ぇ、この地で脈々と牙を研ぎ続けて来たぁ――」
黒き聖職者の着地の衝撃で、高く上がった土煙が晴れると、そこには怒髪天を突いた捻れたオレンジの髪が見えた。
「――我等神罰代行人ッッ、俺以外に居てなるモノかァアッッ!!!」
――13番目の神罰代行人。この地の誕生以来より、神より異物の排除を申し使ったヘルヴィム・ロードシャインがそこに仁王立ちをしていた。
「指を咥えて眺めていろ異世界共ぉッ!! 貴様等の出番などぉ、僅かにすらありはしないのだからァァッ!!」
敵味方関係なく、その場に居る全てに対して叩き付けられたヘルヴィムの覇気は、鴉紋達のみならず、彼の力を知る八英傑でさえもが度肝を抜かれる程であった。
「ナァーハッハッハようやく来たか神罰代行人! 我等が喰ってしまう所であったぞ! なぁラ・イル!」
「バァーハッハッハ、相変わらず獅子の様に野蛮な奴め、しかし俺達は好きだぞ、お前を見ていると、この世界の戦士も捨てたものでは無いと思える!」
「黙れぇエッ!! 上から物を言うんじゃねぇ異世界のクソ共がァァァ!!!」
「ナァーハッハッハッハ!!」
「バァーハッハッハッハ!!」
ラ・イルとザントライユが馬鹿笑いするのを無視したヘルヴィムは、空気を読まずにズイと鴉紋に歩み寄って、彼を親の敵の様な眼光で貫いた。
「会いたかったぞぉぉ……蛇ィィイイイイァァッッッ!!!!」
強烈に発光しながら高く浮き上がる胸のロザリオ。
気の遠くなる世代を超え、今宿願の怨敵と相対した男が、空に巻く血の波動を打ち上げていった。
「神罰代行人……ヘルヴィム」
ルシルの記憶で思い当たった鴉紋は呟くと、ゲクランに匹敵するだけの難敵が現れた事に歯噛みしていった。
「鴉紋――ッッ!!」
更に――緊迫したその場に飛来する、六枚の白雷。
それは風をかき分けて、闇を突き抜けて混沌を一閃する。
「――――っ!」
その男が眼前に現れると、鴉紋は見るからに驚いた様子でつばを飲み下していった。
これまで嫌というほどに鴉紋の心を掻き乱し続けて来た――不器用な正義が、腹いせに破壊し尽くした筈の子どもじみた正義が
未だそこには、太陽の様に煌めいていた!
そして黄金の瞳は、因縁と交錯する――!!
「お前を殺すぞ鴉紋、全ての人類の為に、全てのロチアートの為に!」
「……貴様は確かに、確かにこの手で粉々に……っ」
完全に捻り潰し、再起不能なまでに砕き尽くした筈の男が、さらなる力を宿して眼前に立ち尽くす光景に――鴉紋は強い動揺を見せながら、怒りに唇をピクつかせた。
「何故だ……っ……何故、ナゼ……ナゼオマエハッッ」
赤黒い天が共鳴し、空に十二の翼が踊って悪風を吹き荒らし始めた。空を引き裂く雷轟がバリバリと破裂を繰り返し、魔王の感情をそこに表している。
鴉紋の見せたこれまで以上の憤激。
そこに巻き上がる激しい憤怒は――
まるで、二度とは戻れぬ様に握り潰した筈の
――鴉紋はただ不愉快なのだ。ダルフという男が、自らの棄てた正義を未だ純情に遂げようとする、無謀なる
空に咆哮を遂げ、血の涙を流し始めた鴉紋は、黒き暴風の最中に居ながら、赤く発光する眼光でダルフを真っ直ぐに捉えた。
「何度でも蘇る“不死”の亡霊め……お前の中の刻を喰らい尽くし、二度とは俺の前に現れられぬ屍に変えてくれる……!!」
悲鳴に近い絶叫を上げて、鴉紋は黒き嵐を吹き荒らし続けた。憎き人間共を全て吹き流してしまおうと――
「――いっひひひぃ!!」
「――――っ!!」
しかし人間共は切り払う――弱き体で抗い、何度だって暗雲を……
闇を払った光の旗が、いま人間の手に強く握り締められたまま、鴉紋を見下ろす。
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