第324話 戦場の乙女の元に集う八英傑(その3)


 澄ました顔で深き因縁を待ち望むミハイル。

 その右手側で幼いままに笑い始めたのは、セフトの騎士の長――弱冠18歳にして“グランドマスター”の称号を我が物にした奇跡の少女。

 ――ジャンヌ・ダルク


「聴こえます……主の声が確かに。魔が近いとっ殺せっ殺せとッ」


 大人びた丁寧な口調を披露しながら、何処か悪戯っぽい声音を残した不思議な少女は、真理を見ているかの様な桃色の虹彩を地平線へと向かわせている。

 煌めく八重歯が口元から覗き、頭に付いた純情と闇と神聖とを一体化した様な、桃色と黒の入り混じった不可思議なオーラが盛る。

 ――それこそが、少女が使しようとしている何よりの証。


 かつて劣勢を極めたフランスを、掲げた旗で勝利へ導いた“神の声を聴く戦場の乙女”

 何を隠そう、戦乱の前世よりミハイルの手引きを受けて来た奇跡の少女は、神よりの啓示として再びに世に顕現けんげんした。


 ――天の、そして神の意志を下界に全うする少女は、人の身に宿された天界からの使者。人類に干渉せんとする“神の意志”

 人がいかようにしても阻まねばならぬ、破滅の史実を歩もうとしたその時、神が人の世を修整する為に創り上げた生命――

 ――それがジャンヌ・ダルク。神の声を聴く少女の正体。


「ミハイル様、ぁぁミハイル様っこんな幸せがありましょうか?」

「随分昂ぶっているね、ジャンヌ」


 頬を紅潮させて飛び跳ねる少女を見やり、ミハイルは微笑する。


 彼女は窮地に陥った人類の前に、ミハイルと共に舞い降りる。神に庇護される事でと渾然一体として。

 当人も直感的にそれを理解していて、嬉々として歴史の修正に望む。例え魔が、悪が、邪が敵であろうとも――


「いひひ……嬉しいのです。こんなに至極の喜びは他に無いでしょう。主に求められ、主の御力としてここで旗を振れるのですから」


 “人類の繁栄と維持”同じ使命を課されたミハイルとジャンヌであるが、二人には大きな違いがある。

 天人は人類の発展と進化の助長の為、未曾有みぞうの危機で無ければ人の世への関与を赦されていない。

 ――しかしてジャンヌ・ダルクは、人の身である為に、


 率いる八英傑達に、少女は屈託の無い笑みで呼び掛け始めた。


「ラ・イル。ザントライユ」

「ああジャンヌ! 貴公も昂ぶっておるのか、バァーハッハッハ!」

「おお、戦だ戦だ! また肩を並べて難敵を打ち破ろうぞ、ナァーハッハッハ!」


 グラスを重ね合わせた二人の猛将に続き、亜麻色の髪をピョンと跳ねさせたジャンヌは、彼等に振り返る。


「ジル・ド・レ。ギー!」

「あぁジャンヌよ、また俺の名を呼んでくれるのか。ただそれだけで心が救われる様だ。140もの子どもを虐殺した、この私の大罪が洗い流される様に」

「アンギャァァアアア恐れ多い、恐れ多い!! 乙女が俺をッ……ぁぅ……がっ……ぁ昇天するッ!! 待てッ昇天する前に書き記さなければッ……ぁっ!」


 大層嬉しそうにしたジャンヌは涎を拭い、弓形ゆみなりになった瞳を発光する様な白い肌と共に大王へと向けていく。


「シャルル。クリッソンっ!」

「ぉ〜ジャンヌ〜。ジャンヌよぉ。我が子息シャルル7世と共に栄華に上り詰めた神の子よ。今度は私と共に駆けてくれると言うのかぁ……あぁ、でもきっと私には無理だぁ〜狂っているのだからぁ〜」

「バカ、シャルルよ! そこは嘘でもやる気と勇姿を見せるのだ!」

「あぁそうか〜……クリッソン、お前が友で良かった〜」


 ケタケタと笑ったジャンヌは、次に口角を上げて隣りの豪傑を横目に見る。


「そしてゲクラン……」

「フッハッ! 我が後釜を継いで劣勢の祖国を建て直し、百年戦争終結の立役者となったお前の手腕、ここに見せて貰おうぞ!」


 ジャンヌの奇跡の名の元に時代を越えて集った八英傑。そして今、並々ならぬ彼等の熱意を受ける彼女は、身悶えしながら瞳の奥をハートにしていた。


「みんな大っ好きです……いひひ!!」


 目前に来たる悪逆の波動を地平に感じ、爛々らんらんと瞳を滾らせた八英傑が豪快に微笑み合う。

 激動の時代を席巻した彼等に、恐れるものなどある筈が無かった。彼等と共にあらば、越えられぬ壁など、討ち滅ぼせぬ大国など一つとしてありはしない。


「勇敢に進みなさい、さすれば全てはうまくいくでしょう……祖国の為に――蟻を全て踏み潰すのです」


 宵に差し掛かり、暗くなりゆく地平線に――


 ――赤き暴虐の視線が大挙して押し寄せてくるのが見えて来た……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る