第323話 戦場の乙女の元に集う八英傑(その2)


 続いて左翼に横並びの展開をするは、18隊の白き魔術師達の群れ。杖を持った彼等の後衛に、守護される様にして一人の青き王族のローブを纏った男が見える。

 長く伸びっぱなしの、腰まで届くカールした黒髪。顔に垂れた髪の隙間から見え隠れする、ギョロリとした大きな目の下に深いクマを作り、げんなりとする程に頬をコケさせた痩躯そうくの初老。頭に乗せた金色の王冠をカタカタと震わせながら、怯え竦んだままに長い金の杖に前のめりに身を預けている。


「何故だ〜、何故7世でなく私がここに居るのだジャンヌ〜……」


 時代にとして記された男は、余りにも身の丈に余る使命と役どころに、ビクリビクリと全身を震わせている。

 宮殿に引き篭もろうとする中、無理に引っ張り出されて来たその弱気な王こそが――

 第18国家憲兵隊隊長――

 かつてのフランス王――シャルル6世


「陰謀だ、これは陰謀に違いないのだぁ〜。私に触れるなぁ、私に近寄るなぁ……裏切り者が居るぞ、私を刺し殺そうとする裏切り者が我が兵の中にぃぃ……っ」


 当初親愛王とも呼ばれた大王は、後に発狂し、時代の汚点として不名誉な異名を語り継がれた。

 その異名こそが――


「……寄るな、離れるのだ……私のガラスの体が砕け散ってしまうであろう!!」


 ――“狂気王”


 その隣にピタリと位置付けて後ろ手を組む参謀。シャルルと年を同じ頃にした、友人であり助言者である初老の禿頭は、片眼鏡モノクルを光らせて大王に耳打ちする。


「シャルルよ。何を言うか、これは神がお前に与えた試練に他ならない。後世に名を轟かせたお前の子息、7世の極めた栄華など、狂ってこそいなければお前が体現したに違いない」

「ぁあ……ぅう〜」

「故に示すのだ、もう一度生を受けたこの奇跡にあやかって、お前の王としての資質を。神に愛されし淑女と共に、狂気王などという不名誉を挽回し、世を掌握するのだ」

「でも……そんなのどうやって……教えてくれ〜」

「そんな事は決まっている」


 鎧に身を包んだ小柄な参謀は、言われるがままに闇に沈んだ瞳を輝かせたシャルルに、ニヤリと嫌味な笑みを刻み込んだ。

 第18国家憲兵隊副隊長――

 ――オリヴィエ・ド・クリッソン

 自分の不都合になる人間には、徹底として幾度と無い暗殺を企て、制圧した敵兵を捕虜にするでも無く殺し尽くしたかつての指揮官は、残酷極まる狂態に“屠殺者”と呼ばれた恐ろしき男であった。


「殺すのだ。目に付く敵を全て殺し尽くせ。女こどもも捕虜も関係が無い」

「おぉ〜……」

「殺し尽くせ、反逆の芽を摘め、屠殺するのだ。お前にはその力がある」

「おお〜っ!」

「でなければ近い将来に暗殺されるのはお前の方であろう。故に殺せ、すべからく殺すのだ。お前に仇なす全てを殺し、血で覇権を語るのだ」


 暗殺される、という言葉に眉を吊り上げて驚愕としたシャルルであったが、目前から自分を捲し立てる、としては何の力も有さない友人の力強い言葉に、不気味に笑って深く頷いていた。


「お前が友で良かった……クリッソンよ〜。私は危うく暗殺される所であったのか〜」

「そうだ、シャルルよ。お前はいつまでも共に、俺の助言を乞うべきなのだ」

「ぁぁ、そうかぁ……そうであるなぁ〜……」


 ひどく単純なのか、狂気に呑まれた故にそうなのか、クリッソンの傀儡かいらいの様になった大王は、私欲の為にしか乗り出さない陰険なる男の、見事なまでの手駒に成り果てていた。


「良き〜……敵をバラバラにしてくれよう、ひどく脆いガラスの様に〜!」

「その意気だ我が友シャルル、偉大なるフランスの大王よ!」

 

 陰謀渦巻くその場所に、落ちた西日が強く射し込んだ。



 正面からの強き夕刻に照らされたミハイル、そして転生者たちの中心となったジャンヌ・ダルクという年端もいかぬ少女。

 ――そこに並んだ酷く不細工で背の低い男もまた、彼女に連れられた転生者の一人。

 グランドマスターである少女の側近ともなる彼は、かつて救国の英雄と呼ばれ、劣勢極まる領地の殆どを奪い返したフランス軍の総指揮官。

 彼女とはすれ違う様にして世を去ったこの豪気までもが、ジャンヌ・ダルクの奇跡によって今、肩を並べて共に前を見据えている。


「少ないな、少ない。敵方の軍がどれ程の数であるのかは知らんが、国として機能するには余りにも兵数が足りぬ。0が一つ足らん」


 彼の時代には無かった筈のハルバード(反り返った斧刃と、反対側に鎧や盾を引き剥がすスパイク、そして先端に敵を突き殺す鋭利を備えた――斧、かぎ、槍を一体化した巨大な武器)を手元で遊ばせた三十代半ばの筋肉質な男は、平坦な顔を困らせてジャンヌの方を仰いでいった。


「つまらん、馬も無いしこれでは大した戦にならんぞ娘」


 戦に明け暮れた膨大なる経験によって、運命の決戦を前にしても平静を保ったその男の名は――

 ――ベルトラン・デュ・ゲクラン


 かつて弩級どきゅうの不良であった彼は、その単体武力一つで卑しい身分よりのし上がり、やがてはフランス全土の荒くれ者と騎士達を纏め上げる大元帥となった。

 敵味方、下等な民族に対しても騎士道を貫き通した豪快で気持ちの良い男は、ことある毎に決闘を申し立てては無敗の躍進を続け、国境を隔てる事無く羨望の目で見られたという。


「これでは折角の戦というのに歯応えがないぞ! ともあれば、我が騎士道にのっとって左腕不使用の誓約を――」

「いっひひ、少し見てみたい気もありますが、やはりやめておきましょうゲクラン。未だ敵方も見えていないのに、また珍妙な誓いを立てるだなんて」

「ぬ――っ我が騎士道の誓いを阻むかジャンヌ!」

「規模が小さいのは、それ程この世界の人口が少ないというだけの事。やる事は同じ、主の声に従って魔を断罪するだけです」


 さぞかし豪気な男かと思えば、やたらめったら自らに妙な誓約を課して、わざわざ困難に相対しようとする難癖の男をジャンヌが止めると、彼は逆境に陥れなかった自己に深く嘆息をしていった。


「つまらんなぁ〜……」

「そう肩を落とさないで。私が言っているのは、今回はその必要が無いという事なのだから」

「ほう……なれば楽しみだ」


 それはつまり、誓約を課すまでも無く自らが辛苦するという事を暗示されていたのだが、それを理解した上でゲクランという男は、顔をくしゃくしゃにして破顔しているのだった。

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