第322話 戦場の乙女の元に集う八英傑(その1)


 オレンジに染まる水平線を背景に、広大な砂地にはダルフ達を含む混成団約1000と、王都に仕えし第16〜18隊の憲兵団約3000がひしめいていた。

 世紀の争いが何の前触れも無く巻き起ころうとしている緊迫感の中で、ダルフは彼等のとった陣形――並びに、それぞれの兵の後方に鎮座した騎士隊長の姿を眺めていく。


 先ず都を背にした高台のミハイルから右手、右翼に展開された横向きの隊列を組む第16隊。

 彼等の後方で小さな椅子に座った赤髪、およそ三十代であろうと思われるが、顎に溜め込んだ赤髭と極太の怒り眉にたっぷりの貫禄を纏うその男は、憤怒を意味する“ラ・イル”の異名を持つ猛将。

 第16国家憲兵隊隊長――

 ――エティエンヌ・ド・ヴィニョル

 側に携えた木製の杖と、投げ出した右足が歪んでいる事から、足が不自由である事が分かる。しかしその男から溢れ返る猛将の気迫は、その様なハンデがある事を忘れさせる程に力強い。


 もう一人、彼の側に付けた椅子に座った男は、ブロンドの髭を撫で付けながら、手に二つのグラスと酒瓶を持って朗らかに笑っていた。同じく三十代でありながら、並々ならぬ品格を窺わせるその男は、同郷のラ・イルと共に傭兵から成り上がって来た闘将。

 第16国家憲兵隊副隊長――

 ――ジャン・ポトン・ド・ザントライユ

 まだ若くありながら様々なる修羅場を共に潜り抜けて来た二人の髭男は、この緊迫の最中にも関わらず、豪快に笑い合いながらグラスにウィスキーを注ぎ合ってストレートで飲み干している。

 二人並んで“剛と柔”を体現し、完全無欠にも思える風格でグラスを打ち付け合う。


「ジャンヌと共にまた、イングランドのクソ共に暴力をくれてやろうぞザントライユ! ああニシンの匂いがするぞ!」

「おお本当だ、鼻に纏わりつくあのニシンの匂いが……って、んぁ? ラ・イル、何を言っているのか、敵はイングランドでは無いぞ! ナァーハッハッハ!!」

「ああそうであった!! 憎き怨敵は既に磨り潰したのだ! そしてザントライユ、ニシンなどという生臭い魚はこの世界にはおらんぞ、騙されたな! バァーハッハッハ!!」

「おおそうであった! ナァーハッハッハ!!」


「「ああおおオルレアンを思い出すッ!!」」


 互いの手斧を打ち合わせ、豪快の過ぎる二人の愉快声が空に響いていく。



 更にミハイルの正面に矢じりの様に隊列するは、第17隊の聖騎士達。白き鎧の騎士達の背後に佇むは、長マントを風にそよがせる、黒きオカッパ頭の武勇。戦場の乙女ジャンヌ・ダルクと最も近しき縁を持つ、かの有名な――

 第17国家憲兵隊隊長――

 ――ジル・ド・レ

 歴戦を物語るくすんだ鎧に身を包んだ二十代半ばの青年は、鷲鼻わしばなの下に伸びた横にハネるヒゲを堂々と顕にしながら、果て度もない豪気を思わせる目付きで前を見据えていた。


「震える……。淑女を失い、一度闇に堕ちた私が、彼女の奇跡に当てられ、今こうして再びに戦場で肩を並べられている……光栄。こんなに嬉しい事など無いっ! 私はっキリスト教徒で良かったッ!」


 そこはかとない威厳を思わせる重厚なる声音と共に、体が捩じ切れるかという程に胴を捻るジル・ド・レ。

 言葉の通り、身を捩る幸福感に恍惚としながら涎を垂らし始めた男の背後で、彼と同じくして奇跡の少女に心酔する青年が居た。


兄者あにじゃ! ……兄者ぁぁーっ!!?」


 熱狂的なるの信者である、ジル・ド・レよりもやや若いその青年は、彼とは従兄弟いとこという関係でありながら、慕うが余り“兄者”とジル・ド・レを呼び付けている。


「乙女が!! 乙女が俺を見た! 今俺を! チラリと横目に眺めたんだァァァ!!」

「なんだと!? ならば! 淑女の煌々たるその勇姿を記し、その姿を未来永劫記録するのだ! お前にはそれしか出来ないのだから!」

「アンギャァァアアア!!!」


 懐から取り出した革表紙のノートを勢い良く地面に開き、同じく破壊してしまうかの如き勢いで握ったペンを四つん這いになって走らせ始めた、栗色巻毛の貴族服は

 第17国家憲兵隊副隊長――

 ――ギー14世・ド・ラヴァル


「フォオオオアアアア見目麗しき乙女は私を一目見ると華の様に微笑みまるで私の眼前には唐突に花畑が現れたかの様でさえありながら鼻腔を甘きそよ風が――」

「記せ、記せ!! ジャンヌの全てを記し尽くせギー! 書の上に丸裸にするのだ!!」

「長く伸びた乙女の軟肌はまるで剥いてすぐの卵の様であった美しき生娘の髪はまるで絹の様になびき光を振り撒きながらそこから覗く長く滑らかなまつ毛が私の方を振り向いたその所作のなんと美しくてたおやかなる事かまるでこれはあの荘厳なる――」

「そして俺に見せろッッッ」


 戦場の最中に置いて、明らかによこしまな視線を生娘に注ぎ始めた二人。しかしてジャンヌは気にした風も無いままに、いつもの様に八重歯を見せて微笑みながら彼等に手を振った。


「アンギャァァアアアアア!!!」

「でュ……っ……ボンッ!!!」


 興奮最高潮たるギーの半狂乱の金切り声と、そんな醜態を晒していても不思議と風格を保つジル・ド・レの低く甘い声音が夕暮れを突き抜けていった。

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