第321話 赦されし転生者たち


   *


 王都の周辺一帯の、草木の一つもない広大なる砂地に、セフトの騎士達は大列を成していた。隆起の一つもないのに関わらず、どういう訳か“メギドの丘”などと呼称される砂地にて、背後に岩山の様な都を背負いながら、水平線に何処までも続く干潟の様な地形の先へと視線を凝らす。


 冬に差し掛かる冷たい風に頬を打たれたヘルヴィムは、鼻をすすりながら、高台に乗せたミハイルと、その右手に並んだ全ての騎士の長グランドマスターの少女、そして左手に腕を組んで立ち尽くしている豪傑そうな男に続き、王都を背に匿う様にしている騎士達の群れに視線を投げ始める。


「ケッ……気に入らねぇ奴等だ」


 目を細めたヘルヴィムに気付き、ピーターは馴れ馴れしく彼の背を肘で小突き始める。


「なによオッサン、いつにも増して不機嫌そうじゃない」

「……っ……っ……っ!」


 丸い鼻眼鏡アイグラシズを夕焼けに反射させたヘルヴィムが、肘でゴスゴスと小突かれながら体を揺すられ続けるという恐ろしい光景に黒の狂信者達は絶句しながら、神父の怒りを予感して彼の元を離れていく。


「ババアァ……」


 しかしヘルヴィムは予想外にも怒る事をせず、背後でじゃれる奇人を払い除けながら胸のロザリオを握った。


「ただ気に入らんだけだぁ……あそこに雁首揃える隊長、副隊長の面々がぁ、全てであるのだからぁ」


 その言葉に凍り付いたピーター。そして振り返ったリオンがヘルヴィムに詰め寄っていた。


「ちょっとどういう事よ、侵入者は貴方の粛清対象なんでしょ?」

「ふん……奴等はでは無い。故に粛清対象外だぁ」

「でもさっき異界から来たって言ってたじゃないの!」

「異界から来たのは間違い無い……しかし奴等はでは無く、天に赦されし“神に招かれた者”なのだ」

「赦された……?」

「故にロザリオも反応を示さん」


 代行人の胸にあるロザリオは何の反応も示さずに静まり返っている。驚愕としたリオンとピーター、そして彼の言葉を注意深く聞いていたダルフに向けて、ヘルヴィムはまた口を開いていった。


「言った筈だぁ、我等が神罰を下すのは、“赦されざる生命”、園への滞在を赦されていない異物。原初に存在し得ない筈のであるとぉ」

「……」

「あそこに居る……奴等は赦されたのだ。何処いずこの地より園への立ち入りを、ジャンヌに連れられこの地を踏む事をぉ、何を隠そう偉大なる神に……恐らくはこの日、この時の為にぃ」


 首を振ったリオンは、ため息混じりに神に招かれたという者達を眺め始めた。


「そんな珍妙な奴等が平然と王都に居て、私達の存亡を掛けた戦いの指揮を執るって言うのだから笑えるわね」


 嫌味を言うリオンにピーターが口を挟み、その後にダルフが続く。


「その話しが本当なら、あそこに居る八英傑とかいう人達って、余程の傑物けつぶつなんじゃないかしら……?」

「それは間違い無いピーター。彼等から滾る並々ならぬエネルギー……時代を席巻して来た豪傑である事は疑うまでも無い」

 

 そう漏らしたダルフは、名前だけは聞いていたグランドマスターのジャンヌ・ダルクという名の少女に目を釘付けにされる。

 そこに立ち上る、神聖でミステリアスなミハイルにも似た気配……


「特にあの少女、隣の男もそうだが……なんなんだあの人外めいたオーラは。彼女に連れられて八英傑は集ったというが、ならばその中心点となる彼女は一体――」


 遠巻きに少女へと視線を注いでいると、ミハイルの横でクルリと向きを変えたジャンヌが、ダルフに向かってニコリと笑って手を振って来た。


「え――っ」


 数キロ離れた地より視線に気付く余りにも鋭敏な感覚に、ギクリとしたダルフは腰を抜かすばかりであった。

 ヘルヴィムは何やら憎々しそうにしながら説明を続けていく。


「赦された八名の人類は異界よりこの地にしぃ、恐らくは記憶を引き継いだまま、今この瞬間が全盛となる様に神に調整されているぅ」


 可哀想な者を見る目になって眉を下ろしたピーターが、そろそろと彼に問い掛ける様にしていく。


「神様は……今から起こる最終戦争ハルマゲドンの事も全部分かっていて、それに合わせて手を打っていたとでも?」


 オカルトめいた話しが続き、げんなりした様子のリオンがヘルヴィムに非難的な態度を見せ付けた。


「はいはい、貴方の狂信する神は万能ね。それならとっとと終夜鴉紋を断罪してくれないかしら?」


 ややばかりの沈黙の後に、ヘルヴィムは「で、あるが――」と口火を切り始めた。


「俺個人としては異界からの者など到底受け入れられん……勝手個人的な怨みもあるからなぁぁ」


 苛烈な眼光を放ち始めたヘルヴィムを、フゥドは真剣な面持ちで見つめていた。

 小鼻にシワを刻み込んだ神罰代行人は、ロザリオから手を離してスータンの内側にしまい込んだロケットペンダントを強く握る。


「神の恩寵おんちょうを受けるというジャンヌとかいうガキィ……何故奴だけが寵愛ちょうあいを受け、まるで神の意であるかの様に自らの配下をこの地に呼び寄せられたのかぁ、それがまるで分からん。例え神の意志であったとしてもぉ……」

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