第三十五章 神に招かれし“転生者たち”
第320話 悪夢が来る。世界を獲りに
第三十五章 神に招かれし“転生者たち”
二匹目の蛇を討ったあの夏の暑い時分より、二ヶ月程の月日が経過して、冷たい秋風を感じ始めた頃に、ダルフ達は王都ティファレトへと辿り着いた。
嵐の前の静けさか、魔物の襲来がパッタリと無くなったのを見計らい、王都に住まう民や難民達は、騎士の護衛の元にイェソドの都へ避難させられたという事であって城下は閑散としていた。
ミハイルの招集に応じたセフトの騎士が、各都より続々と集い続ける。遅れる者も多くあるが、都の中心、岩山の頂点にある古城――修道院には、既に千に近い程の有志たちが集まっていた。
何処かで見覚えのある騎士にも遭遇したダルフは、広き空間にティファレトの騎士達を捜したが、その姿は未だ見当たらなかった。どうやら到着の遅れている騎士達とは彼等の事であるらしい。何処よりも王都に近い都であるが故に、ここ王都の莫大なる人民の避難先として矢が立ったのだ……色々と厄介事もあるのだろう。
民草の大移動は既に終えている筈だ。
しかし古城にはミハイルの姿が無かった。彼の云う終夜鴉紋と人類との
何やら私怨を燃やすリオンは、一人ミハイルの不在に忌々しそうにしていたが、彼への敵意は鎮める様にダルフは彼女を説得した。釈然としない様子のリオンであったが、結果として壊れ果てた心を取り戻しつつ、新たなる大剣を手にしたダルフの姿に免じ、少しばかり溜飲を下げた様子であった。
それより一ヶ月の間。騎士達は互いが混成団として一つの囲いになるという経緯を知って訓練に励んだ。元々面識も無かった様な彼等であったが、来たるナイトメアへの緊張感に一丸となり、付け焼き刃程度には連携を取れる様になっていた。
各都に三隊、それも一部隊につき精々100名程度の規模でしか無かった彼等が、1000にも上る
それ程にこれまでの世は太平であったという事であり、そして同時に、これより来たる激動の争いを予感させた。
王都の騎士隊は、元より各1000名より構成されている。つまり彼等を加えて約4000もの兵力になるという事であるが、この四ヶ月の間で鴉紋率いるナイトメアの元へ集ったロチアートの規模がわからない。噂には奴等は魔物を従える様になったとも言う……一体どれ程過激な争いになるのかは不明である。
――不明であるが……
全てを見通すあのミハイルが、人類総出で剣を構えさせている。それすなわち、想像を絶する波乱が待ち受けているという事は全ての者が周知していた。
そうしてある日の夕刻、運命の闘争まで約一ヶ月の月日を残しながら、突如としてミハイルは混成団の集う大広間に降りて来たのであった。
「やぁ、よく集まってくれたね」
全ての者はその神々しさに一瞬我を忘れ、男とも女とも知れぬ美貌の六翼の躍動に目を奪われていた。
「良く間に合わせたね……ダルフ」
数多の視線を掻い潜りながら、人外めいた黄色の虹彩がダルフを足元から見上げて微笑んだ。
今すぐにでも平伏したい様な神聖を前に、一人不遜な態度を取ったリオンは前へと踏み出していく。
「貴方のせいで私達は随分大変な思いをしたんだけれど、謝罪の一つも無い訳?」
「ちょ、ちょっと小娘、やめなさいよ!」
どよめいた広間を一挙手で静めたミハイルは、面白がるかの様にほくそ笑みながら、腕を組んだリオンに視線を向けていった。
「久方振りだねリオン。氷の魔女」
「挨拶なんていいわ。貴方の策略のせいで私達が……ダルフがどんな仕打ちを受ける事になったか分かっているの?」
「お、おいリオン……俺の事は良いんだ、ミハイル様にだって予測し得ない事も……」
恐れ多そうにダルフはリオンの肩を掴んだが、彼女はそれを振り払って鼻で息を吐いた。
ミハイルは眉根も動かさずにリオンの問いに答え始める。
「
「貴方……っ」
リオンに指し向いている深い深い黄色の瞳。その視線はどれ程の遠くまで未来を見通しているのだろうか……眩し過ぎて見えない天使の心を前にしながらリオンが歯軋りをすると、ミハイルは
「だけどダルフは、君の願う
「……あ、貴方は、本当につくづく……っ!」
見兼ねたピーターが、怒るリオンの肩を抑えて後方へと下がっていこうとすると、ミハイルは申し訳無さそうな顔付きに直って唇を拭った。
「それでも気に障るというなら謝るよ。ごめんね」
「この……っ!」
「いい加減になさいよ小娘、今そんな事で争ってる場合じゃないの分かってるんでしょう? それ以上やるなら拳骨するわよ!」
悪意の無い天使が分かり、余計に腹立たしく思ったリオンであったが、ピーターに連れられてスゴスゴと下がっていくしか選択肢は無かった。
リオンの非難が応えた様子も無い天使は、瞳を瞑り細い息を吐いていた。
――するとその場に、強く地を踏み込んだ一つの足音が反響する。
「予定より随分と早えじゃねぇかミハイルゥ……来るのかぁ奴が……――
いきり立った黒きスータンの男――神罰代行人のヘルヴィムは、胸で発光して高く舞い上がろうとするロザリオを握り込みながら、邪悪な笑みを大天使に向けていた。
恐らくは終夜鴉紋を表していると分かる、“蛇”という単語を聞いた周囲の騎士達は、ヘルヴィムの声に来たる戦いを予感して目を剥いていった。そうして途端に緊迫感に満たされた空気の中で、顔を真っ赤にしながら抜刀を始めていく。
「変わらぬなヘルヴィム。あいも変わらず、先祖返りしたのかと見間違う程の気迫と容姿だ」
コクリと頷いたミハイルは、凄まじい後光に照らされたまま顔を影に染め上げていった。
「終夜鴉紋が来るよ……無数の配下を引き連れて、この世界を終わらせる為に」
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