第319話 共に笑う仲間がいる


   *


 あの激戦より数日の時が経った……

 メロニアスの死を知った民は、愛すべき帝王の葬儀を盛大に取り行った。

 魔物の襲来によって自ら達の大切な者も失い、都中が崩落しているというのに、皆は天使の子メロニアス・エルヘイドの死を思い、彼の葬儀に参加する形で、家族や仲間達の死を弔った。


 しかしダルフ達には、彼の死を思う時間の僅かさえも残されていなかった。

 傷付いた体と精神を数日寝込んで治し、ようやくとまともに動けるようになった頃合いに、残されし最期の都――ティファレトより、全てのセフトの騎士達へと火急の伝令が告げられたのだ。


 その内容は端的にいえばこうであった――


『来たる最終戦争ハルマゲドンに向け、セフトの騎士を王都ティファレトへと招集する』


 ミハイルを除いた天使の子を全て葬られた今、終夜鴉紋率いる“ナイトメア”と人類との最終戦争まで、もう一刻の猶予ですらが無い事を全ての騎士がその時に知った。

 しかして、この荒れ果てた世界に残された騎士などあとどれ程居るのだろうか……風の噂では、ナイトメアは各地のロチアート達を結集させて、今やかなりの数に膨れ上がっているらしい。各地の農園ではロチアートが反乱を起こし、救世主としての終夜鴉紋との合流を望んで、都を出て行く者達が後を絶たないという……


 ロチアートに自我が芽生えて始めている。


 当初より彼等の人権を主張していた鴉紋。彼の語った荒唐無稽な絵空事が、現実にここまでの功績を残した今、その野望には限りの無い現実味が付随され、家畜として飼い慣らされていたロチアート達の夢となっていた。


 かつて笑ったその夢を、再びに笑える者などもう居なかった。その野望を前に全ての人類は慄き、恐怖する。


 勢い付いた彼等を止めるにはもう……人類総出でナイトメアを潰すしか無いのであろう。でなければ、各地を支えた天使の子の死に絶えた今、世界は崩壊の一途を辿るだけだ。


 ……もしくは、それは言い換えると新たなる世界の誕生とも言えた。ロチアート彼等にとっての楽園とも。


 つまりはダルフ含める騎士達が、都の警備を僅かに残し、直ぐにでも都を出立せねばならかったのである。


 ダルフ達は都を出る前に、監視という名目で特例庇護の対象となった、ラァムの眠る寝室へと訪れた。

 幾重もの檻を越えた先の小さなベッドに、少女は眠っていた。深い傷を負いながらも彼女は一命を取り留めていた。……しかし未だ目醒める事は無く、今後の見通しも不明である。


「ラァム……少し待っていてくれ」

「…………」

「次にここに来る時は、必ず君をこの鉄格子の檻から連れ出してやる」

「…………」

「人とロチアートとの共生。その為に俺は……この命を賭しても鴉紋を討つ」


 フランベルジュを額に押し当てたダルフが、太陽の様に目映い瞳を上げた。

 そこに落ちた彼の相貌は、数日前にラァムと出会った頃とは比べようも無い位に精悍で、その心は――精錬としていた。


「行こう。リオン、ピーター」


   *


「で、なんでこうなる訳、ダルフ?」

「そうよそうよ! こんなオッサンと一緒じゃあ、ただでさえ暑苦しい道程が余計むさ苦しくなるじゃない!」

「オッサンんん……誰の事だ、俺かぁ、それとも貴様の事かぁ? この変態サーカス野郎がぁぁ」

「ムキィイイ!! この胡散臭え狂信者が! 暑苦しいからその真っ黒いスータンを脱ぎやがれぇ!!」


 激昂するピーターに溜息をついたダルフは、横から怪訝な面相で見上げて来るリオンに、説明を急かされている。

 尊敬する神父を罵倒されて、フゥドは血管を盛り上げながらピーターへと詰め寄り始めた。


「Shit! テメェゲボカス野郎が、ヘルヴィム神父になんて無礼な口を利きやがる!!」

「黙れクソガキ! テメェみたいなケツの青いガキには、オッサン呼ばわりされるの気持ちなんざ分からねぇに決まってんだろうが、やるのかこの童帝野郎!」

「な……女……っ?」


 ダルフの周囲には、黒の狂信者達含め、第1〜3隊の騎士達が大挙して草原を進軍している。

 直ぐ隣には、よりにも寄ってフゥドと、先の重症よりアッサリと生還したヘルヴィムの姿があり、黒の狂信者達がそれを取り巻く様に歩いている。

 自らの周りにだけ氷を出現させて涼むリオンが、ダルフの腰を小突く。


「この凄まじい熱射が、一面の黒に吸収されて余計に暑く感じるのよ!」

「だがリオン……皆が先を急いでいるんだ。魔物の事もあるし、この進軍に同席させて貰った方が理に適っているじゃないか」

「こんなにストレスが溜まるっていうのに、何が理に適っているのよ、ほら、見てみなさいよ」


 リオンが顎で示す先を眺めると、ピーターがヘルヴィムと掌を組んで取っ組み合いを始めている。


「このオヤジィイイイイッ!!!」

「乙女に向かって何言ってんだテメェ、モラルを持てぇエエ!!!」


 責め立てられたダルフが改めて肩を落とすと、もう一方より、いきり立った男の声が飛び込んで来た。


「おい侵入者ぁあ! 俺はテメェを認めねぇぞ! shitッ先の闘いではお前の方が少し活躍したが、それは今回だけだぁッ!!」

「…………」

「お友達が呼んでるわよダルフ?」

「すまないリオン……俺が間違っていた」


 がなり立てるフゥドを無視していると、周囲にひしめく黒の狂信者達は腹を抱えて笑い始めた。


「おい新入り無視してやるなよ、こいつはこれでもうちの副隊長なんだぜ!」

「喧嘩するんじゃねぇよフゥド!」


「反逆者に侵入者に新入り……貴方あの都で幾つアダ名を付けられたのよ」

「本当だな……」


 すると後方より、明らかな敵意が向けられ始めた事にリオンは気付く。


「チッ……なんで俺達が反逆者なんかと」


 黒の狂信者達の後方に控えた別の隊の騎士が、ダルフに聞こえる様に恨み言を口にし始めた。


「全部アイツが来てからおかしくなったんだ……アイツさえ来なければ……」

「第一アイツが反逆なんてしたからセフトの戦力が大きく削がれたんだ」

「聞いてるか? しかもアイツは終夜鴉紋と同じ様に、家畜と人間は共生出来るなんて言ってるみたいだぜ? ふざけやがって危険分子が」


「…………っ」


 押し黙ったダルフにリオンは耳打ちする。


「どうする、殺す?」

「こ、ころ……っおいリオン、口を慎め」

「手足をもいで十字架でも型取りましょうよ。墓標を準備する手間が省けるわ」

「おい……」


 騎士達の声にだんまりを決め込もうとしたダルフであったが――


「オイ!! てめぇ何処のどいつだ、うちの新入りを馬鹿にしやがった野郎は!」

「チョーシこいてんじゃねぇぞクソ野郎が! コイツがいなけりゃテメェも俺も、今頃地獄に居る頃だろうぜぇ! ハッハー!」

「ブチ殺すぞ! ブチ殺す! 神の名の元にブッチ殺す!!」


 意外にもダルフへの罵声に過激に反応を示したのは、黒の狂信者の面々であった。


「お、おい……」


 困惑したダルフは彼等を止めようとするが、信者とは名ばかりで荒くれ者の集団であった彼等は、ワラワラと集まりながら騎士達にメンチを切り始めていた。


「テメェ顔覚えたからなボケがぁ!!」

「いじわるする奴は地獄行きだぁあ!! 聖書を少しでも読んだ事がねぇのか背教者めぇえ!!」


 たじろいだ騎士達は、バツが悪そうにそっぽを向きながら立ち去っていった。


「う……ッ分かった! 分かったよ、クソっ」

「このスータンに二度と近寄るんじゃねぇぞ雑魚が!」

「く……ッヘルヴィムが居るからって、でかい顔しやがって」

「あぁー!! なんか言ったかこの野郎があ!!」

「ひ、ヒィ……っ」


 動揺したまま黙するダルフに、黒の狂信者達が振り返っていく。


「おい新入り! 舐められてんじゃねぇよ!」

「ぇ……っ」

「あぁいう時は四の五の言わずに、先ず拳骨一発お見舞いするんだろうが、分かったか!」

「げ、拳骨……っ?」


 流石はあのヘルヴィムに育てられた集団である……素行が異様に悪い。ダルフを取り囲みながら、その体をバシバシと叩いて笑っている。


「なっはっはっは!」

「テメェを虐める奴は俺がボコボコにしてやるからよぉ、ちゃんと言うんだぜぇ新入り!」


 フゥドの真意はさて置きながらも、黒の狂信者達は彼を新入りなどと呼称する様からも、意外にもダルフという男を認めている様であった。


「Shit……腑抜けが!」


 何をしようとしていたのか、暑いからと外していた筈の黒のレザーグローブを装着していたフゥドが、棒付き飴を口に咥えながら、またグローブを外していった。


「ちょぉっとぉお、聞いてよダルフくん!」


 ヘルヴィムとの取っ組み合いで眉の下に青タンを作ったピーターが、腰をくねらせながらダルフにすり寄って来た。


「あのオッサン、私と同い年って事が判明したの。それで私は悟ったわ、悟っちゃったのよ、非情な現実、でも受け入れなくちゃいけない悲しき真実をね……」

「ぁ、ああ……そうなのか」


 自らの成長を実感しながら、何処か大人びた表情へと変わったピーターが、まつげを伏せて囁いていくのをリオンも聞いていた。


「私はね……悲しいけれど、カテゴライズするならば、オッサン……という事になるのよね。だけど私挫けない、例え残酷な時の流れに気付こうとも――」

「ええ、カテゴライズするまでも無く、貴方はどう見てもオッサンよ」

「フギィィイ!! 小娘、アンタに聞いてんじゃないのよ!!」


 するとその場に、肩を怒らせたヘルヴィムが拳骨を振り上げながらピーターへと詰め寄って来た。


「待てクソァァァ!! まだ話しは終わってねぇぞぉ!!」

「ふん……少なくとも私が女であるという事は認めたようね」


「「「え――っ?」」」


 ギョッとした取り巻きは耳を疑ってヘルヴィムを凝視すると、次に明らかにオッサンでしか無い、ヒゲを蓄えた黄色頭の奇人を見上げていく。


「だけど……ババアは余計なんじゃオッサンがぁぁあ!!」

「ホザンナァァァアア!!!」


 ギャハハと下劣な笑いが巻き起こり、ダルフは困り顔になって首を振った。


「あぁもうお前達、喧嘩するな!」


 一人で歩み出した筈の永き旅路。

 けれど気付けば、こんなにも多くの仲間に囲まれている。


「あっはっは」


 騒がしい仲間に囲まれながら、ダルフは久方振りに笑った。

 愛らしく、可憐なままの柔らかい笑みで――


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