第318話 紅蓮の光明


 唐突に上がった頭上からの罵声に、ダルフ達はベリアルの飛び去って行こうとする天空を見上げていた――


「――――ッ!」

「ぇ…………ッ」

「アンタ、いつの間に!」


 そこには既に高く飛び上がり、ベリアルの頭上に影を落としている男が居た。

 彼の手元で瞬く発光が白から、血の様な紅蓮の色と変貌して空に閃光を残す――!!


「ぁ――――ッッ!!」


 突如として頭上に現れた血塗れの男、そしてそこから滾り始めた確かなる破邪のエネルギーに、ベリアルは驚愕したまま口元を開いた。


「なんでそんな力……キミは、さっきまでそんな――!!」


 紅く滾る聖十字からの光明が、沸騰するかの如くグツグツと煮え滾るがまま、エンジンを掛けた様に強烈な回転音を響かせる――!

 そしてフゥドは肺の空気を全て絞り出し、全力全開で吼えたのだ――



「『BASTARD大クソ野郎』――――ッッッ!!!」


「ヒィあぐ――――!!!?」


 紅き閃光が炸裂し、ベリアルの頭蓋を粉砕していった。


「ふぅィィあバァ――!!!!」


 聖なる神の遺物によって、邪悪は白煙へと変わり、その身を無残にただれさせるのみ。


「あぐぁ……! アグぅあハア!!?!」


 その身を液状に変える事も、紅き代行人の閃光に呑まれた今では叶わなかった。


「あぶォォオオオアアアざぁぁあ!!!!」




 ――ベリアルは掴まれているのだ!! 




 永きに渡り重ねられて来た、神罰代行人達の数百のかいな、その大願の螺旋に!!


「ぃいいいいいいいいああああ゛――!!」


 残る邪悪の全てを呑み込み、聖拳はベリアルを地中深くまで沈め込んだ!!


「ぁ…………ぐ…………ぁ」


 ビクンビクンと痙攣したベリアルの体が、聖なる光りに包まれて蒸気に変わっていく。

 “蛇”の頭上に立ち尽くし、小鼻にシワを寄せたフゥドは、ヒビ割れた鼻眼鏡アイグラシズを反射させながら棒付き飴を口に咥えた。


「このShitクソ野郎が……二度と来るんじゃねぇ」


 力を使い果たしたフゥドはそのまま仰向けになって気を失った。


「フゥド……!」


 邪気を浄化して、緩やかに立ち上っていく光を見上げたダルフは、宿願を果たした男を見下ろし、僅かに微笑んでいた。

 口元を抑えたピーターはみるみると光になっていく大気を認め、そこに倒れ込んだ少年が僅かにも動き出さぬままに、奪い取ったフランベルジュを手元から落としていくのを確認して膝を着いた。


「これが神罰代行人の聖なる力……」

「待ってダルフ!」


 ピーターが大きく溜息をついたタイミングで、眉根をピクリと動かしたリオンが、警戒を促す様に肩腕を水平に掲げていた。


「失敗しちゃった……ぁ〜……あ……」


 光に変わり果てながら話し始めたベリアルに、ダルフは拾い上げたフランベルジュを構える。


「まだ生きてるのか!」

「いや……うん、大丈夫よダルフ……」


 リオンは少年の中で静止した魔力を除き込みながら、首を振って彼の至る結末を悟る。

 そして少年は眠たそうな眼で呑気に語り始める。


「動乱の世を離れ、すっかり退化しているかと思ったのに……ざんねんざんねん」


 残る微かな余力だけで語る少年は、もう再生する事も叶わずに、代行人に与えられた“痛み”に顔をしかめながら続けていった。


「また遊びたかったなぁ……キミ達がルシルに滅ぼされる所、見たかったのに、ぁぁ……オモシロクナイ」


 みるみると体を浄化されていく悪魔は、もう頭だけの姿となって呻き――しかとその赤目でダルフを覗いた。


「ルシルは強いよ……僕よりも、ずっと……ずっとね」

「ルシル……」

「あの暴虐の前では、僕に殺された方がずっと幸せだったのに」

「待て、まだ聞きたい事が!」

「精々頑張ってねダルフくん……あの暴力に身も心もねじ伏せられない様に」


 白き光に消えていったベリアルは、間際に陰鬱な空気を醸しながらこう残した。


……その時には、ここに居る誰かの末裔に会えたらいいなぁ」


 そうしてベリアルは、赤きへと戻っていった。

 ダルフがその魔石へ手を伸ばそうとすると、瞬間的にそこに現れた黒き虚空に石は消え去っていった。


「ダルフ……」


 リオンが彼の名を呼ぶ。振り返るとそこには、崩れ果てた宮殿と傷付いた仲間達……そして死に絶えた帝王の亡骸があった。耳を澄ますと、都の方々より人々の呻き声が聞こえて来る。

 後味の悪い結末に歯噛みしたダルフであったが、やがてはその顔を上げて、兄に託されたフランベルジュを握った。


「もう二度とこんな悲劇を繰り返さない為にも……」


 ダルフに向き直ったリオンとピーターが、彼の中に燃え盛る、二度とは揺るがぬ覚悟に頷いていく。


「鴉紋を討つ……このフランベルジュで」

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