第317話 帝王の影
受け身も取れずに墜落したダルフは、天に開いていたゲートからの赤黒い陽光が終わっていくのを見上げた。
「倒した……」
再びに闇夜に満たされた天空で、
「やっ……た……っ」
周囲に満ち満ちていた、魂毎押し潰されるかの様な邪悪の重圧は消え去り、砂で出来ていたかと見紛う惨状の要塞宮殿に、傷尽き果てた人々と――灯火を消した天使の子の亡骸が残った。
「メロニアス……」
ダルフは仰向けになったまま、手元に固く握りしめたフランベルジュを眼前に掲げる。
兄の焔と、自らの雷電が纏う救世の剣を、ダルフは涙ながらに見つめ続けた。
深淵に侵されようとしていた世界に、日輪の如き光を差した兄との一振りを。
「メロニアスっ……ぅ……!」
――笑えダルフ……お前は帝になるのだ。この戦乱の世に惑う、民草の王に。
「……っ」
勢い良く起き上がったダルフ。
メロニアスの声が聞こえたかと振り返った彼であったが……そこにはやはり、光の消えた視線を投げる兄の姿しか無かった。
「…………。あぁ、分かったよ」
背に滾る六枚の稲光を消したダルフは、今にも剥奪されそうな意識を繋ぎ止めたまま、空に笑ってみせた。
「…………っ」
横顔に垂れた長き金色の髪より、煌めく大粒の雫を覗かせて……
「いンンンっッヨッシャァァああ!!!」
ダルフと同じく涙ぐんだピーターが、拳を振り上げて
魔力をからっきしに使い果たしたリオンは、フラついた足取りでダルフを眺めると、再生不能と思われた心が輝きを取り戻し――否、以前よりもずっと眩く光を増した、奇跡としか言いようの無い結果に頬を高揚させていた。
「砕き去られた筈の貴方の心が、メロニアス達の猛火に焼かれ、より純度の高い結晶へと昇華している……こんな事がっ」
彼を心より想い、案じていたリオンは、らしくもなく感情を露わにしながら、ダルフの復活に惜しげも無い涙を見せた。
「リオン、ピーター……」
溶け落ちた鍛冶場をフラフラと歩み、少し老けた口角にシワを寄せたダルフが、二人の元へと歩み出した。
「――確かに見くびっていたよ……キミ達人間の力を……っ」
「な――――ッ!!」
何処からともなく響いたベリアルの歪んだ声音に、ダルフは振り返った。
「ぁがぁ――ッ!!?」
瓦礫の下より這い出して来た小さな蛇が、フランベルジュを引き摺ったダルフの手首に噛み付いて溶解液を注入する。
即座に溶け去ってフランベルジュと共に落ちた手首に、ダルフは驚愕の顔で声を絞り出していた。
「ベリアル……まだ!?」
振り返った先に、僅かに残された大気を圧縮して現した、ベリアルの顔の半分と胸の一部が浮遊していた。
その隻眼で憎々しそうにダルフを睨め付けた悪魔の残骸が、今にも消え掛かりそうに途切れる声を発していく。
「『
リオンとピーターが助太刀する間も無く、浮遊する細き毒のレイピアはダルフを中心に旋回を始め、やがてブスブスと彼の身を貫いていった。
「な……ァぅあ――!!」
「やられ…………たよ、も……ほとんど、力……残されていな…………」
突如巻き起こった惨劇に目を丸くしたピーターが、唖然としたまま息を呑む。リオンは再びに増幅を始めた邪悪の粒子に気付いて肩を竦めた。
「ダルフくんさえ……抑えれば、キミ達には……抗う手立てが無い、そうだろう?」
徐々に大気を増幅させたベリアルは、血の涙を流す相貌を現して、胸から伸びる右腕をそこに出現させていった。
「これさえ無ければ……ね」
使役した蛇より受け取ったフランベルジュを、ベリアルはその手に握って笑い始めた。しかしその顔には既に余裕など無く、狂喜乱舞した様相で眼前に掲げた巨大剣を眺める。
「こいつは僕達も殺し得る……」
フランベルジュを握り込んだベリアルの手元に、紫色の邪気が逆巻く……しかし、神遺物を取り込んだ巨大剣は、彼の力で持っても簡単には破壊出来ない様子であった。
「仕方無いな……こいつは貰っていくよ、危険極まるからね」
やがて翼を噴出し始めた悪魔を、残された人間は力無く見上げる事しか叶わなかった。そして中空へと舞い上がりながら、ベリアルは毒の大気を放散していった。
「キミ達にもここで死んで貰うよ」
天井に現れた無数のレイピアが、残された生命達に向けて切っ先を向ける。
「じゃあね、オモシロカッタよ」
「待ちなさい……この、悪魔!」
「終わりよ小娘……こうなったら、もう私達に打つ手は無い。人類はもうこれで……っ」
フランベルジュと共に空へと飛び去っていくベリアル。リオンとピーターは愕然としながら、立ち去っていく“魔”にがなり立てる事しか出来なかった。
しかし夜闇に焔が煌めいたのは、その時であった――
「――ぅうぁっ?!」
フランベルジュから発火した炎がベリアルの手元を焼き崩し、墜落していった巨大剣がダルフの眼前に突き立ったのである。
不可解な現象に困惑を余儀無くされるベリアルは、燃え盛る右の手首を切り離して大地を窺う。
「ば、馬鹿な……っ!」
少年がそこに見るは、肉の崩れ果てたダルフの頭上、突き立ったフランベルジュの側に立ち尽くす、メロニアスの幻影であった。
「――キミはまだそこに……居るというのかっ?」
しかし、一度瞬きすると消え去った幻影。ベリアルは無理に口元を笑わせると、冷たいモノが背を伝う様な感覚に苛まれたまま、ダルフが目覚めるよりも先にフランベルジュを取りに舞い戻る。
「違う……ダルフくんの流し込んだ魔力の残滓が暴発しただけさ!」
空に現したレイピアを打ち出す事も忘れたベリアルは、動揺したまま死に絶えたダルフの頭上へと迫る――
「…………ッ」
「まずい……!」
光が集い、ピクリと動いたダルフの指先。直ぐ頭上には、メロニアスの託したフランベルジュが彼を待ち望んでいる――
人類に残された最期の好機に、リオンは遠くからダルフに声を投じた。
「目醒めるのよダルフ! 貴方の野望の為に!!」
その声に、ダルフの前腕が大地にしかと踏ん張り始めた。
――しかし飛来して来る邪悪は、怒涛に速度を増してそこに迫っていた!
「いやッ僕のが速い!」
放散した大気を一挙に背に集わせたベリアルが、苛烈に噴き出した翼で、フランベルジュの柄を握った!
「取った!」
「ベリ……ア……」
勝ち誇った顔のベリアルが、未だ視線を彷徨わせるダルフの顔面を目前にする。
最期の機会を逃した人類に、ピーターは悲痛の声を漏らしていた。
「間に合わなかった……そんなっ」
力無いダルフの掌が、空へと舞い上がっていく悪魔に伸ばされていた……
「じゃあね、ダルフくん……」
空へと打ち上がっていった邪悪の風巻が、僅かな希望を抱いた人類に再びに闇を被せた。
ダルフは呻き、リオンとピーターは項垂れるままに終焉を予感する。
「ぁ……ぁぁあっ」
「駄目ね……もう私達には何も出来無い」
「そんな、本当に終わっちゃう訳? これで私達人間は皆……っ」
夜闇に邪悪の声が響いていく。ケタケタと笑う、子どもの様な無邪気な声が――
人類の終わりを嘲笑するかの様に……
「いつまでも調子ブッこいてんじゃねェぞHoly fucking shit――!!!」
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