第316話 俺達を舐めるなよ


 背に滾る四枚の閃光を噴出したダルフが、風を切る速度でベリアルへと肉薄する――


「随分速いね……!」

「ベリアル!!」


 走った軌跡に雷火を残しながら、フランベルジュの斬撃がベリアルの体を切り刻んでいった。


「痛い……よ、ダルフくん!」

「これで終わらせるっ!」


 無抵抗に刻まれ続けていたベリアルであったが、突如として液状に変わり、ダルフの背後にが忍び寄る。


「残念……そっちは偽物だよ」

「――――っ!!」


 振り返ったダルフの目前で、ベリアルは虚空に円を描いていた。するとその暗黒から、たちまちに小さな蛇が飛び出してダルフの体に牙を立てる。


「くぁ――!!」

「アッハハハ!」


 牙より溶解液を流し込まれた身は溶け落ちていくが、ダルフは『不死』の力を使い、自らの中に流れる筈であったを消費して体を再生させた。

 風に流れる金色の髪に白髪が差し込んでいくのを横目にしたベリアルは、無表情に嘆息する。


「ほとほと厄介だよね、その力」

「ハァアッ!!」

「ぅげぇ――――!!」


 切り払った蛇毎に薙ぎ払われたベリアルは、中空より地に叩き付けられて呻いた。


「ん……?」


 感覚の鈍い悪魔は即座に立ち上がろうと地に手を着いたが、想像以上に疲弊しきっていた腕が震えて転倒する。


「おかしい……上手く動かない、なんで?」


 訳の分かっていない様子のベリアルは、四つん這いの格好になったまま痙攣する肘を不思議そうに覗いていた。

 そこに落ちて来た頭上からの影――


「ぁ、まずい――」

 

 次の瞬間、気体となったベリアルの元居た地点へ、固い大地を深く沈め込む程の巨大剣が突き落ちて宮殿を震わせていた。

 舞い散る瓦礫の中で、激しい稲光に巻かれた男が、精悍な顔付きで頭上のベリアルを見上げる。


「すっかり狩る側の面持ちだね……」


 地に付いたフランベルジュ。ダルフが確かに柄を握り込むと同時に、激しい稲光と火炎が螺旋に巻き上がる。


「お前はここで終わらせる!!」


 そして振り上げた斬撃が、上空の少年へと迫っていく――


「だけどダルフくん……」


 紫色の大翼を前へと向けたベリアルが、螺旋の雷火を相殺していた。そして赤目を照り輝かせると、影になった表情でダルフを見下ろし始める。


「気付いているのかい……神と同じその力が、人であるキミにとっては有限であるという事を……」

「……っ」

「その容量は、キミの思っているよりもずっと少ないよ……」


 赤き視線でダルフの中の何かを覗く悪魔は、不敵な笑みを漏らして愉快そうに口を綻ばせる。

 髪に差した白髪、そして手や目元に現れたシワを惜しげも無く見せ付けたダルフは、毅然とした態度でベリアルを仰いでいく。


「例え骨と皮しか残されない老体になろうと……俺は何度でも蘇って、貴様等の喉元へと喰らいついてやる!」

「その時までに……歯が残っていると良いね」


 ベリアルの背後より天に伸びる莫大なる邪悪。彼はそれをゆっくりと頭上で一つに合わせると、極太となった紫色の波動をダルフに向かって振り下ろしていった。


「これで終わりにしよう……果ての無い暗黒で、キミの体が何度も擦り切れて粉々になる様に」

「――――っ!」


 鋼鉄の宮殿が、天から落ちてくる波動の軌道に沿って無残に溶け果てていく。避け難いその一撃は、まるで巨人が天空から地上を指でなぞっているかの様ですらあった。


「『終わりカオス・オブの混沌・ジ・エンド』」


 邪爆の風巻に吹き荒らされたダルフは、空より迫り来る混沌の波動に、為す術も無く呑まれていくしか無かった――


「ダルフ――ッ!!」


 ハッと息を呑んだリオンがダルフの名を叫んだ――


「アハ……アッハハハ!! どうしようダルフくん、出て来る頃には、干乾びたミイラみたいになっちゃってるんじゃないの?」


 地中の深くまで抉れる波動を打ち出したままに、ベリアルは腹を捩ってころころと笑う。

 しかし少年は光をも呑み込み尽くす眼下の深淵を覗き、直ぐにその異変に気が付く事になる。


「何故……輝きも喰い尽くす僕の翼の最中で」

「ぉおおおお――ォアアアアアッ!!」

「……!」


 深い暗黒の景色の中から、一つの輝きが溢れ出していた。余りにも強く、そして溢れ返る閃光が、光を呑み込む漆黒を押し返している!


「馬鹿な、あの剣一つでこんな豹変を……いや、まさか……」

 

 暗黒界の闇をも照らす激烈なる光明。初めて見る光景に目を疑ったベリアルは、ピーターと共にあるメロニアスの遺体を、歯噛みしたまま眺め見下ろす。


を……託したから?」


 増々と闇の波動を押し返し始めたダルフを見下ろして、彼は頭を振って背の邪悪の濃度を一気に上げる。


「ふざけるな、そんな曖昧な概念なんかに……っ!」


 濃霧に呑まれたダルフの輝きが消え失せ、赤黒い天からの緩やかな陽光が闇に落ち始める。


「アハッ……アッヒハハ」


 希望の灯火を闇にかき消してやった……

 そう思い、少年が笑みをこぼす刹那――


「ハ――――?」


 目を覆うしか無い程の煌めきが、ベリアルの打ち出す全開の暗黒の中で産声を上げていた!


「ウ――ォアアアアアアアアアアっ!!!」


 光に逆巻くは火炎、轟きの音をかき鳴らすのは紫電――!!

 バリバリと破裂する雷轟と共に、怒涛の邪悪に押しやられるダルフが

 ――背にの稲光の打ち出した!!


「『太陽からルシアート・光を放ちエクス・ソル』――!!」


 メロニアスの打ち上げたフランベルジュが、煌々と輝きを放ち始めた――

 黄金の瞳を照り輝かせ、背の四枚の翼に新たなる二枚を立ち上らせたダルフが、目前の邪気を放射状に押しやって前へと推進し始める。


「ぁあっ……!」


 情け無い声を上げたベリアルが、更に強く赤き目を灯らせていた。彼もまた限界を超えて、自らの内のエネルギーを波動に流し込み始める。


「あああああッッベリアルゥウウウウ!!!」


 しかし闇夜に咲いた六枚の白雷の勢いは留まらず、少年を包み込むかの様に大きく開かれていった。

 目を剥いたベリアルは、目前で滾る人間の煌めきを認められずに必死の形相で呟く。


「六枚の翼……最上位の天使にでもなったつもりか、人間が、ニンゲン如きが……!」


 世界を侵食する莫大なエネルギーを切り払い、六枚の翼が暗黒の最中を爆進していく!


「オァァアアアァアアアア――――!!」

「…………っ!」


 遂に悪夢を貫き切った光の道筋ロードシャインが、燦然さんぜんとした太陽の様な輝きと灼熱を孕み、悪魔の頭上でフランベルジュを振り上げていた――


人間俺達を舐めるなよ、ベリアル」

「ぁ……あぁっぃあ?!」


 ベリアルの視界に憤慨したピーターとリオンが、フゥドが、ヘルヴィムの聖十字が、メロニアスの亡骸が映り込む――


「うわぁあ……っうわああアァ!!!」


 頭上に瞬く閃光と雷炎……人間達が結集した奇跡の全てが今、ダルフの手に握られて――悪魔の頭蓋に解き放たれた!


「――これが人間のッ力だぁぁあああ!!!」

「アアアアア――、――――ッ!!」

 

 ――その一撃はダルフの意識の中で、鴉紋の幻影と共に振り抜かれていた。

 強く!!

 ――――閃光の様に!!


「……い……た……!」


 脳天より真っ二つに切り裂かれたベリアルが、自らの左右にズレた体に呆然と空を仰ぐ。


「痛……ぃ……!!」


 エネルギーの全てを絞り出したダルフがフランベルジュと共に墜落していくと、ベリアルの身が発火して、中空に漂ったままメラメラと焼き上がり始めた。


「アツ……ぁつ…………ァ!! ――ぁぁ…………」


 冷めぬメロニアスの火炎は、赤黒い天の閉じた暗黒の中で、ごうごうと何処までも燃え広がって紫色の大気を呑み込み続けた。

 代行人に刻まれた“感覚”が、彼を悶え苦しませる――


「ヒぎゃ……ぎゃ、ギ……が――――ッ」


 その灼熱にボコボコと体を沸騰させていったベリアルは、体を駆け巡る激烈な痛みに堪えきれず、白目を剥いて、やがては燃え尽きていった。

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