第313話 今、何かが起きようとしている。
夜空にポッカリと空いた巨大な天輪。そこから垣間見える赤黒い天空の下で、人々は悶え苦しみ始める。
「なかなか愉しかったよダルフくん……泣き叫ぶ事を我慢出来ない様な“感覚”を味わい、それに……うふっ……フフッフ、人間のくだらない“心”とやらを見せて貰って」
異界へと続いているゲートより鈍重な鐘の音が鳴る度に、ダルフの頭はガンガンと鳴って混迷し、割れる様な痛みと共に、体の節々より魔力が暴発していく。
初めて味わう“痛み”に先程まで泣き喚いていたベリアルは、今はもう冷めた表情に戻って、足元に転がったメロニアスを足蹴にしていた。
「見てダルフくん、まだちょっと生きてるよ?」
「やめ……ろッ! ベリアル!」
「痙攣してるよー、左の灰が溶けて無くなっちゃってる。血が沢山出て、もう助からないんじゃない?」
胸に融解の剣を差し込まれたメロニアスは、最早まともに声を出す事も叶わずに蠢くのみ……放って置いても彼は死を免れ無いだろう。
「『
――であるにも関わらず、少年は手元にレイピアを表すと、嬉しそうな表情でブスブスとメロニアスの体を突き刺し始めた。
「――げは……ガッ……アァっ……」
「アハハ、アッハハハ、ビクンビクン動く! まるで虫みたいだよ、やっぱり虫ケラだ、アッハハハ!」
「ヤメ――ベリアっ……アアアァ!!!」
灼熱の棒でチーズでも小突いているかの様に、メロニアスの体はいとも容易く溶解されていく。そのレイピアで自身の体をも溶かされていたダルフは、笑い殺されていく実の兄へと手を伸ばしながら、その身を再生していった。
「メロニアスっ……!!」
無残に変わる帝王の姿を見下ろしたダルフは、彼の辿る未来を悟って愕然とした。そして黄金の虹彩に怒りの炎を滾らせると、憎き悪魔へと、全身から雷撃を暴発させたまま踏み出していった。
「ベリアル!! ……アアアァベリアルゥゥッ!! 殺す……貴様を殺す、殺してやる、どんな手を使っても……ゼッタイに!!」
「殺す……? でもどうやって?」
ベリアルはレイピアを引き抜いて空に投げ捨てると、メロニアスから降りて、好奇心しか無い視線をダルフへと差し向けた。
「神遺物はここにある上に、てんで使えないのを見て来たろう? 聖遺物に関しては……言わなくても分かるよね?」
倒れ伏したフゥドとヘルヴィムの姿を見やりながら、彼は不気味な笑みで邪気を放散し始めた。流石に先の攻防で消耗しているのか、その濃度と量は低下していたが、この場でもがき苦しむだけの彼等を終わらせるには充分であろう。
「ゥウウアアアアアア――!!」
全身に起こる激痛に堪えたまま、ダルフは背に四枚の雷火を表してベリアルへと差し迫った――途中投げ出された聖十字の大槌を拾い上げ、豪腕に物を言わせた横薙ぎでベリアルの頭をすっ飛ばす。
「駄目だよダルフくん……」
「――――!」
「聖なる力は、愛し、愛された者にしか宿せない」
――聖遺物は宿主を選ぶ。
例えそれが大事であったとしても例外は無い、信仰を捧げぬ者に微笑む事など無い……故に振るった聖十字には聖なる力が宿らず、一閃で霧散したベリアルの頭部は無表情のままそこに蘇った。
「後はキミを黙らせて持って帰るだけだ。全部溶かして頭だけにしようか」
「ダマレ悪魔め!! 黙れぇえ――!!」
怒りに支配されたダルフは暴走する魔力にも構わずに、雷撃を噴き上げながらベリアルを乱打していく。
「殺す悪魔、アクマめ殺す!! コロスコロスコロスコロシテやるッ!!」
「良い毒気だ……でもね――」
少年の手元に現れる一匹の小さな蛇。寄生した標的を体内から食い荒らし続けるそれを宿されれば、例え不死の体と言えども、もう痛みに悶える事しか出来ないであろう。
「『
「オオアアアアアアア!!!!」
「フフ……もう聞こえてないか」
乱心するダルフの口元へと、霧の体となる掌から蛇が投げ放たれた――
「ん――――」
「ウオオらァァァ、ダルフくんから、メロニアスくんから離れなさい!!」
「キミ、なんで動けるの?」
繰り出されて来たピーターの鉄球が、ダルフとベリアルとの間で起爆して蛇毎に吹き飛ばしていた。
そして続けざまの氷柱の嵐が、霧から体を再生しようとする悪魔の行動を阻害する。
「……うっと…………し……」
「さっきよりも……ゼェ、力が弱まってるんじゃないの?」
息を荒げるリオンとピーターの二人は、共に体から魔力を暴発させながらも、なんとか動ける様であった。ベリアル自身は知覚していないらしいが、ヘルヴィムとの攻防でかなりの力を消耗している事は明白であり、大気より受肉する速度も遅くなっている。
だが――――
「ど……するの…………僕に危害を加え……方法はもう……」
「うるさいわね、黙ってなさいよ……!」
「ゴォラァ……人間、舐めんじゃないわよぉ!!」
ベリアルの言う通り、最早彼へと傷を残せる手段は残されていない。その悍ましい空の下にあっては、彼女達はひたすらに消耗していくだけである。
人間は、ロチアートは――人類は、その上位生命体に為す術も無く
全身に空いた風穴より煙を上げて溶け果てていくメロニアスの元で、怒り狂ったままに膝を落とすダルフ――
「メロニア……、ぁあっ……ぁぁぁあ!!」
メロニアスの創り上げた白銀の大剣に、怒りに囚われたダルフの面相と、細い目で弟を見詰めるメロニアスの相貌が反射していた。
――だが人類は遅くない未来に知る事になる。リオン達の悪足掻きにも近いその抵抗が――非常に……人類の今後の進退に置いて、代え難い程に有意義な刻を作り出していたという事に――
「メロニアス……メロニアスぅう!!」
慟哭するダルフ。それを見下ろした偉大なる帝王との間で
――
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