第308話 劣等種の咆哮
――ゴゥンとまた鐘が鳴ると、メロニアスは白銀の翼から発火して悶え苦しみ始めた。
「醜い翼だね……不出来な偽物だ」
紫色の刀身のレイピアを握り、ベリアルは体をくの字に曲げている帝王へと踏み込んでいく。
「ふーん……」
「フゥゥ……フゥ、
全身を襲う発火の痛みを堪えたまま、メロニアスは先程鍛え上げた大剣を手に、ベリアルの胴を一閃した。
液状となって体を戻した少年は、とてもつまらなそうにして銀の大剣に視線を落とす。
「苦心してそんな玩具を作っていたの? 駄目だよ、そんなんじゃあ僕を斬り付ける事は出来ない」
暴走する魔力の痛みに、その銀眼が剥かれて血走っていく。だがメロニアスは奮い立ち、小槌を握って地に打ち付ける。
「『炎の槍』――!」
ベリアルの足元に現れる魔法陣。死に物狂いの渾身の一振り。だが――
「もういいよそれは」
「……!」
ベリアルが足元の魔法陣を踵で踏むと、魔力の構造が破壊され、周囲に炎が放散してしまった。
「猿山の帝王は滑稽だね……じゃあね」
「くぁ――――!!」
突き出されたレイピアが、メロニアスの頬を切り裂いて肉を溶かしていく。
しかしメロニアスは怯む事無く、前へと踏み出して
「――っやるねぇキミも。それと……」
口元から血を垂らすベリアルの瞳が、ギョロリと後方を覗く。
「ダルフくんも――」
「ベリアルゥゥウ゛――!!」
滾る黄金の眼光が飛び上がり、背後の雷火を纏めてベリアルを呑み込んでいた。
霧となって吹き荒れていった悪魔を見上げ、メロニアスは疲弊した顔で微笑んだ。
「猿だなんだと知らんが……俺が無論そうである様に――
霧散していった紫色の粒子が集い、形を表した少年が空へと浮き上がりながら、一際の大翼を押し広げ始める。
「キミ達の姓に何か意味があるとでも? 僕には等しく間抜け面に見えて、区別が付かないよ」
爆発する様に広がった邪が天井を覆う。その下には、体から魔力を暴発させる矮小な存在が二つ並んでいた。
悪意の塊である天災に臨む二人。その余りにも無謀な構図に、フゥドは震える声を絞り出していた。
「無駄だ、もう何をしても俺達には……辞めよう、抗うだけ無駄だ……この種族の壁を越える事は俺達には出来ない……」
「何を言うかフゥド……人類がこの様な悪魔に退いて良い訳が……っ」
そこまで語ったメロニアスであったが、噴き上げていく自らの魔力に――特に足元からの発火が著しく、思わず膝を着いていった。
ベリアルは細い瞳でフゥドを認め、また薄く唇を開けて笑う。そこには明らかに彼を卑下する意図が見て取れる。
「そうだなぁ、やっぱり僕にも魔力の無いグズ……落ちこぼれの見分け位はつくよ」
「っ…………」
「今日日どんな小さな生命にも僅かな魔力は宿っているというのに……次期神罰代行人? 笑わせる。長い年月がキミ達を退化させ、彼の様な劣等種が大それた使命を背負っているなんて」
「ぅう……」
「キミは
大翼からの邪気が彼等に降り注ぐ。ダルフもまた苦痛に悶え、心が擦り減らされていく。
鐘の音と共に、悪魔の声が最後に落ちる。
「何が神罰代行だ……キミ達は崇め奉って来た神に面倒事を押し付けられただけの、ただの
――辛辣なる言葉に、フゥドは絶望しか残せなかった。そして無慈悲なる毒液が虫ケラ達を溶かしていく。
――割れた天井よりその場に舞い落ちて来た、
それがフゥドの視界に飛び込んだ――
「
遥か高所より降り落ちて来た男の、神の怒りを体現した様な紅き聖十字の一撃が、漂っていたベリアルの背骨を押し潰して地に叩き付けていた!
「ヘルヴィ…………」
消し飛んだ少年の胸部を足蹴にしながら、深く埋め込んだ大槌を担ぎ上げていく男を見上げ、フゥドは泣き出しそうな顔になっていた。
強烈なる風圧で邪気を払い除けた、誰よりも満身創痍な男は、血にズブ濡れた体を赤黒い陽光に煌めかせる。
「フゥドぉ……ロードシャイン家本家の男児がぁ、何故魔力を宿さぬか教えてやるぅ」
「ヘルヴィム……神父っ」
「我等は神の傀儡、神の器……その神聖を純然と体現する為にぃ、俺達には魔力が無いのだぁ」
ヘルヴィムが肩に担ぎ上げた真っ赤な聖十字が、彼の背後――後頭部の先でグルングルンと回転し始める。
代行人達の血の大河を吹き荒らし、邪悪を掻き分ける!
「――神罰を!! その御力を混じり気無くこの身に宿す為にィィッッ!!!」
天を突き抜けた怒号に、空で鳴っていた鐘の音が止まった。
「フゥドぉ……やがて貴様が追い付きぃ、そして越えねばならん、強靭なる背中を見せてやるぅ」
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