第307話 そこは真っ暗な深淵だった
天に終わりの鐘が鳴り響く時、新しき世界は生命を更新する。
その魔境にそぐわぬ者は、侵食されていく世界と共に排他されるのみ。
より上位なる世界の完成の為に――
「ぁ――が――――?!!」
「いやぁ――ぁ!!」
有無も言わさずに、それぞれの体の節々から魔力が暴走していく。
悶え苦しむしか残されない人類は、まるで火刑に処されたかの様に無力であった。
なにせその世のあらゆる生命には、これより排除されていく“魔力”が備わっているのだから。
「もう全部面倒だから……終わりにしようっと」
冷めた目付きの少年は、規則的に鳴る鐘音を頭上に、顔面から発火しているメロニアスへと歩み始める。
それぞれの悲鳴は次第に弱まり、ベリアルの背から中空に舞う酸の粒子が全てを溶かし始める。
「うわ……うわぁぁあ!!」
一人何事も無く尻餅をついたフゥドが、近付いてくる悪魔に情け無い声をひり出していた。
「あれ……?」
「うわぁッ、やめろ来るなァァア!!」
余りにも途方も無い邪悪にあてられて、フゥドにはもう闘志も宿す事が出来なかった。
――その場に置いて、ただ一人だけ『
不思議そうに虫ケラを見定めたベリアルは、堪らず口の端から息を吹き出し、酷く小馬鹿にする様相でフゥドに向かって来た。
「キミはまさか……
「うぅ……ぅうううわぁぁ!!」
「プッハっ……オモシロイじゃないか。キミは生命体の……とんだ欠陥品じゃないか!」
自らを嘲笑する声を前に、心の底から竦み上がったフゥドの耳には、幻影の声が繰り返されていた。
『輝きの道となれ』
胸に抱いて死んだ
『
やがて壁に阻まれて行き先を失ったフゥドは、揺れる瞳で混沌に支配されていく世界を、そして悪魔の存在を見上げてわなわなと口を開けた。
――無理だよルルードおじさん……光なんて何処にも無い。
腰を曲げ、ズイと顔を寄せて来たベリアルがフゥドと鼻先を合わせる。何処までも深く赤い虹彩に、愕然とした自分の顔が映っていた。
――もう俺の視界には、深淵しか残されてないんだ。
邪眼に堕ちたフゥドを見下ろし、ベリアルは嬉しそうに自らの頬を叩き始める。
「ほうら殴ってごらん……届くだろう? その拳の射程内にまで近寄ってあげたんだ、キミの聖遺物で僕を殴って抵抗するがいい」
「は……ぅ、あ……」
「どうしたの? 僕を止められるのはキミだけだよ? 僕は今魔力を暴発させてるんだ。早くしないと、ここに居る彼等も、都の人間も、自らのマナに焼き殺されてしまうんだよ?」
「あぁ……ひぃあ……」
彼の反応を愉しみながらいたぶる様に続けるベリアルは、フゥドの手元を取って自らの顔に押し付ける。
「アハハ! どうしたの、早くしないと、頑張って。この世界で動けるのはキミだけなんだよ?」
「ぁぁあっ……離れろぉお!」
「残されるのは、僕とダルフくん……そして生命の
「やめてくれぇえええ!!」
頭を抱えて丸まったフゥド。それを満足そうに眺めたベリアルは、手元に紫色のレイピアを現した。
「あ〜可笑しい……」
そして鋭利なる切っ先がフゥドへと狙いを澄ました時――
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!」
「――あれ、ダルフくん? アハハ、なんで動けるんだい?」
全身から稲光を暴発させたボロボロの男が、白目を剥いたまま、背の翼をあらん限りに噴き出してベリアルを連れ去っていった。
「オモシロイねぇダルフくん。マナが暴走してるんだ、耐え難い痛みの筈だよ? 絶えず破滅と再生を繰り返して、どうしてそこまで?」
「ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!」
最早意識があるのかすら不明な有様のダルフは、激しく
目尻にシワが刻まれ、美しい金色の髪がみるみると白髪に変わっていく。そんな痛々しい男を眼下にしてベリアルは微笑む。
目前の脅威が連れ去られ、フゥドは腕の隙間からダルフの姿を見つめていた。
「なんでお前……そこまで……」
ベリアルは連れ去られながら一度眉根を下げると、自らにしがみついた男へと囁く。
「オモシロイけどダルフくん……僕の愉しみが減っちゃうから、もう辞めてくれない?」
突如として液状に変わった少年が、ダルフの腕をすり抜けて地に舞い降りていた。勢いのままに雷火を暴走させたダルフは、そのまま壁に激突すると、気絶して墜落していってしまった。
「キミと遊ぶのは後……だからサッサと目的を達成しよう」
大翼羽ばたき推進したベリアルは、体中から発火しているメロニアスの前へと降り立った。
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