第306話 終焉の鐘『マガル・ゴルゴ』


 空を割り、闇を掻き分けた赤暗色の陽光が、なまめかしく都を包み始めたその場に置いて、まともな吐息を吐く者はダルフ一人しか残されなかった。

 ――今、人類が相対した“極魔”

 大逆非道たる灼熱の悪意を前に、人々は皆極太の邪気が空に打ち上がっていくのを眺めている事しか出来なかった。


「そこの女の子、やっぱり魔族なんだ……人の血に毒された同類なんて、哀れなだけだけど」


 人外魔境に侵されていく世界。確かに這い寄って来るそれを頭上に、ダルフは覚醒した悪魔の前に立った。

 竦んだ目付きで、冷えた吐息をこう吐きつけながら――


「震えている場合じゃない、脅えている場合じゃ……いま確かに分かるのは――こいつを倒さなければ、人類が終焉を迎えるという事実だ」


 絡み付くヘドロの様に重い大気を放散しながら、ベリアルの赤い虹彩が照り輝く。


「人類……終焉、それがどうしたの? すっかり上位生命体気取りか。キミ達が豚や牛の家畜と何が違う? 僕には見分けが付かないよ。同じ血と肉の詰まった袋じゃないか」

「家畜……」

「人の都合で家畜は繁栄、もしくは衰退させられて来た……キミ達が陽気にして来た事を、今僕がしているだけじゃないか。より上位の生命体として、当然の権利として」


 空に打ち上がる邪悪が収束し、天にポッカリと口を開けたままベリアルは大翼を広げる。


「まるでお前達は、俺達に、人間に恨みでもあるかの様だな……」

「恨み? ルシルはともかく、僕にそんなものは無いよ。……僕はただ、虫ケラの様にわらわらと増えるキミ達が目障りなんだ」

「恨みも無いのに、目障りだからと……そんな理由で、人を……生命を滅ぼすって言うのかお前は!」

「そうだよ。同じだろう……と?」


 “園”の崩壊――純然たる目的の為だけに、悪魔は彼等に歩み寄る。


「セフィラを壊し、ミハイルを退け、キミ達をすり潰す……何を思ったか、キミ達を生命体の頂点に位置付け“知恵”を与えた父の計略を折る。それが僕達の目的さ」


 そこに――カン! と鉄を打つ様な高い音が鳴り響いた。それは正気を取り直したメロニアスが、最後の仕上げにシェメシ鉱石を鍛える音であった。


「ならば悪魔よ……人間の底力、ここに見るが良い」


 メロニアスが熱を上げる巨大な大剣を冷水に冷やす。もくもくと上がる白煙の中に、成型された白銀の大刀が垣間見える。


「出来たのかメロニアス!」

「いいやまだだ……最後の仕上げが残っている」


 言い終えると、メロニアスは手元に握った神遺物――火槌かづちを見つめ下ろす。

 それはエルヘイド家が、気の遠くなる程の太古より受け継いで来た栄光とプライドの結晶――彼が帝王である証と共に、想いと共に引き継いで来た最大の象徴。

 巨悪を前に、帝は震える翼を抑え込んで


連綿れんめんと受け継いで来た我等が栄華が……まさか最期には、出来損ないの手に委ねられるとはな」


 熱く注がれる視線にダルフは振り返る――そしてメロニアスは、エルヘイド家の魂を振り上げた!


 ――今何かが起きようとしている……漠然としてるが、確かなる核心がダルフの胸を高く鳴り響かせた。


 だが――――


「『殲滅の鐘マガル・ゴルゴ』」


 そうベリアルの声が空に注がれた瞬間に――事態は急転直下に奈落へと転落を始める。

 異変に気付いたリオンが、ピーターと共に悪魔へと脅威を差し向ける。


「マズイ!! 鬼が――」

爆拳爆鎖チェインバーストボムナック――」


「キミ達の希望や願いなど、何も叶えられる筈が無い」


 二人の技が放たれるよりも先に、赤黒い空が共鳴し、鈍い鐘の様な音を鳴らし始めていた。

 天に広く鳴り始めたそれは――終焉へのカウントダウン。


「フが――!?」

「い……!!」

「アガァ――――!!?」


 ――歪む空間。

 リオンが、ピーターがメロニアスがダルフが、体内からそれぞれの魔力を逆流させて自滅し始める。

 制御を失い暴走し始めた魔力に、リオンは氷に、ピーターは爆発、メロニアスは火炎に、ダルフは雷撃に、内側から体内を破壊され始める。

 マナの支配者の手によって……魔力を内包する全ての生命が自壊を強要されていく――

 その超越的な災厄によって、魔境の空の下に照らされた全ての生命は、為す術も無く蹂躪じゅうりんを余儀無くされる!


 鐘の鳴る陽光の下で、紫色の大翼を伸ばしたベリアルの赤い眼光が強烈に発光した。


「――でなければ、生きたいと願った生命が、キミ達に滅ぼされ尽くした事に合点がいかない」

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