第304話 「痛いってどういう感じ?」


「ぅわ――っ!」

「まずいぜこいつは……!」


 ――その瞬間にダルフとフゥドの二人は、目前にそびえた存在がこれまで本気でなかった事を悟らされた。

 それ程までの邪気、それ程までの濃度、そして悍ましいオーラが二人に目掛けて突っ込んで来る。


「やってやるぜクソがぁ!!」


 腰を深く構えて半身になったフゥドは、どうやらその一撃を正面から迎え撃つつもりであるらしい。


「無茶はよせフゥド!」


 しかし幾ら聖遺物といえど、ここまでのエネルギー量に押し勝てる見込みは無い。もし失敗すればそれは死を意味している。


「く……ッ」


 冷や汗を垂らしたフゥド。彼もその事が分かっているのか、膝を震わせながら後先引けずに渾身の一撃を放つ構えとなっている。

 ダルフが背に四枚の雷火を現し、蛇の飛び込んで来る、すんでの所でフゥドを連れ去った。


「何すんだこの馬鹿!」

「馬鹿はお前だフゥド!」


 フゥドの居た地点に大口を開けて墜落した大蛇。その地点には大きな風穴が空いて、溶解液で何もかもが溶かされたクレーターと変わっている。

 その有様を見て額の汗を拭うフゥド。


「つ……!」

「無駄死にしに来た訳じゃないだろう! 今はお前の聖遺物が頼りなんだ!」

 

 大蛇は地から顔を上げて、上空のダルフ達に向き直る。


「来るぞ侵入者!」

「いや……ん?」


 だが蛇はダルフ達から視線を外した。そしてその後からは、後ろ手を組んだ少年が歩んで来る。


「なんだ逃げるんだ……」


 ベリアルが上空に向けてニタリと笑みを向けた。


「じゃあ先に取らせて貰うよ?」


 大蛇の頭が指し向いたのは、未だ炉に火を焚べているメロニアスの方角であった。

 帝王の危機を察したフゥドがダルフへと叫ぶ。


「翔べ!」

「ああ!」


 大地を蛇行しながら溶かしていく大蛇が、メロニアスに向けて突撃していく。四枚の雷光を噴出したダルフはメロニアスの元へと急いだ。


「もっと早く飛べねぇのかよ!」

「全力でやってる!」


 蛇の胴体に沿って飛来していくダルフ。速度としては勝っているが、追い付いた所で止める手立てが無い。


「いいか侵入者! 合図したら俺を地に向けてぶん投げろ!」

「はぁ!? また死ぬ気なのか!」

「んな訳あるかshit! こんな訳の分からねぇ奴に殺されてたまるかってんだ!」


 ――やがて血を這う蛇の頭部にまで追い付いたダルフ。その先では未だメロニアスが剣を打っている。溶解された周囲に怒涛の蒸気が上がる最中で、フゥドは叫んだ。


「今だ!」

「知らないからな!」


 ダルフは脇に抱き抱えていたフゥドを手放すと、大蛇の頭に向けて思い切り押し出した。

 大口を開けた牙がメロニアスへと向けられた時――その脳天目掛け、白き閃光を走らせたフゥドが降り落ちて来た!


「『断頭台ギロチン』――ッッ!!!」


 フゥドのグローブが目を覆う程に発光する。そして彼の構えた手刀。墜落する光の一筋が、大蛇の頭を分断していた。

 勢いのまま明後日の方角へ飛んでいく蛇の頭部。そして眼光滾らせたフゥドが地に降り立った。


「ふーん、キミを少し軽視し過ぎたかな……でも」


 フゥドの周囲に、蛇の胴体から立ち上った濃霧が立ち込め始める。


「うグァ……!!」


 それは重くフゥドに伸し掛かり、先程までよりも強烈に触れた者の体を溶かし始めた。


「クッソぉお!!」


 スータンのあちこちを溶かされながらうずくまるしか無いフゥド。彼を包囲した邪気の密度は先程までのものとは違い、まともに触れた瞬間に骨まで溶かされる事が目に見える。


「フゥド!」


 ダルフがフゥドの周囲に雷光を走らせるが、やはり炎でないと余り効果がない。


「これでどうだゲボがぁ!」


 地を殴って衝撃波を起こしたフゥドであったが、先程と性質が変わったかの様に重くなった大気は、吹き飛ばす事が叶わなかった。


「ぐぅぁあ、アチィイイクソぉお!!」

「メロニアス、フゥドを助けてくれ!」

「分かっている!」


 小槌を構えたメロニアスであったが、その時に異変に気が付く。


「ぬぁ――ッ!」


 先程吹き飛ばした大蛇の頭部からもまた、邪気が立ち上ってメロニアスを包囲していたのだ。


「何時の間に……おのれ!」


 メロニアスもまた、白銀の翼から先に全身を溶かされ始めた。近くの炉で燃え上がる炎にもなかなか吸い込まれていかない紫色の妖気。

 それでも火槌を握ったメロニアスであったが、伸ばした手元が激しくただれる激痛に、思わず小槌を落としてしまった。


「メロニアス、フゥド!!」


 赤目と変わった悪魔の垣間見せる真骨頂。その一端が僅かに見え隠れしただけで、状況は一気に絶望的なものへと変貌してしまっていた。


「どうかな、


 どうするべきか分からず、唖然としたダルフをベリアルが見上げている。


「覚えたよ、名前。人間の名を記憶に留めるなんて始めてだよ」

「ベリ……アル…………」

「お友達が溶けていっちゃうね。悲しい? 苦しいの? それとも?」

「おまえ……っ」


 痛覚の無い少年は、無邪気に問い掛ける――


「痛い? 痛いってどういう感じ? どういう感覚なの? 苦しいって何、どうなるの? 悲しいってどんな感情? ねぇ教えてよダルフくん」


 まるで血の通っていない“悪魔”は微笑む。そこに悪意は無く淡々と……彼等はただあるがままで邪悪だった。


「やはりお前も鴉紋と……いや、ルシルと同じ“悪魔”なのだな」


 ベリアルは冷淡にダルフを見つめ続ける。

 鍛冶場はメロニアスとフゥドの呻きに満たされた。そうこうしている間にも、全てを溶かす酸の大気が満ち満ちて来ている……やがてこの悪意は都の全てを……いや、この世界の全てを侵食するのだろうか?


「『爆鎖鉄球チェインボム』!!」


 ――その時であった。突如開け放たれた大扉。そこから飛び込んで来た鎖付きの鉄球が、幾度の爆発を繰り返しながらグルングルンと部屋中を走り、満ちる大気を吹き飛ばしていった。


「えー、誰?」


 顔を上げたベリアル。しかし続け様に解き放たれて来た地を這う氷海が、彼を足元から氷漬けにしていた。


「ぁ…………」

「凍ってしまえ、恐ろしい化物め」


 ダルフは駆け付けた二人の元へと飛来しながら、その名を叫んでいた。


「リオン! ピーター!」

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