第303話 “魔族”の証
起き上がる様な動作も無く、天から吊り上げられるかの様に浮き上がったベリアル。彼の背後からだくだくと溢れる邪悪が、一筋の線となってフゥドへと迫り始めた。
「キミはいらない。つまらないから」
「な……っんだコリャあは、速ぇっ!」
巧みなステップでその場を離れていくフゥドであるが、彼を追尾する融解の線は曲がりくねり――まさしく“蛇”であるかの如く彼を追い詰めていった。
「Shit……ヤベェ!」
「『炎の柱』!」
フゥドへと襲い来る蛇が、周囲の大気毎にメロニアスの打ち出した炎に呑み込まれて消えていった。
「無事かフゥド!」
「助かったぜ……炎に弱いのか、この毒霧は」
フゥドはメロニアスの側にまで走り寄ると、溶けた自らの体を確かめ、次に傷付きながらも炉に鉱物を焚べていく天使の子の姿を眺めていく。
「こんな時に何やってるんだ!」
「お前もかフゥド……ベリアルに効果的な武器を作っているのだ!」
言いながらもメロニアスはフゥドの手元で発光するグローブを見やっていく。
「どういう訳か奴にダメージを与えられるのは、この神遺物とお前達代行人の持つ聖遺物のみの様だ……となると、ヘルヴィムはまだかフゥド? 奴ならばこの存在に対抗出来るやも知れんぞ」
確かに、あの全身を聖遺物で押し固めた様な男であればあるいは……
ベリアルは炎の柱が終わるのと同時に、溢れんばかりの邪悪を背後から立ち上らせながら、腫れ上がった頬をさすった。
「ほっぺが膨らんじゃって喋りにくいなぁ……」
ぶくぶくと液状になった頬が、傷付いた体がみるみると治癒していくのをフゥドは目撃する。
「なーおったー……」
「チッ、化物が……ヘルヴィム神父なら、アイツが痛め付けたせいですぐには来れないと思うぜ、メロニアス」
顎でダルフを示したフゥド。すると振り返ったダルフは眉をひそめた。
「な……あれは奴が一方的に襲って来たから抵抗しただけだ! それにあの妙な水で順調に回復してたじゃないか」
「馬鹿が……ありゃ自己暗示だよ。本当に回復してる訳ねぇだろうが、あんな臭い水で」
「自己暗示……お前まさか、それを知ってて俺に二本とも飲ませたってのか!」
メロニアスは忙しなく手元を動かしながら、いがみ合う二人を仲裁する。
「色々と聞きたい事はあるが……何の因果かこの場には俺達同世代の者しか居ない。俺達の世代で産まれた化物であれば、我々で処理するのが順当という事なのだろう……故にフゥド、ダルフ、この剣が完成するまで時間を稼ぐのだ」
「俺達であの悪魔を?」
「それマジかよ……はぁーあ」
「ヘルヴィムに縋っている時間は、もう無いのかも知れんな」
鉄塊を構えるダルフ。グローブを深くはめ直して手首を擦るフゥド。彼等の目前からは、背に不気味な翼を立ち上らせた少年が、コツコツと靴を鳴らして歩んで来る。
「ねぇ、さっきから何作ってるの? 僕にも見せてよ」
肩を並べたダルフへと、フゥドは横目で語り掛ける。
「あの毒液が部屋に満ちる前に片付けるぞ、侵入者」
「だから俺は侵入者では無いと……あぁもう良い、分かったよフゥド!」
先ずはダルフが前を駆け、ベリアルに向けて鉄塊を横薙ぎに繰り出した。その一閃は風切り音を立てて少年の前髪を
「何してるの?」
当然液状となるベリアルにダルフの攻撃は効かない。――だが、そんな事は承知の上で重い鉄塊を薙ぎ払ったのだ。
「あぁそういう事かぁ」
自らの周囲に満ち始めていた邪気が、先の一閃の風圧で切り払われている事に気付くベリアル。
「しぃぃねクソ蛇がぁ!!」
払われた大気の中に走り込んで来たフゥドの拳が瞬き、振り被られていく。
「Crap――!」
ベリアルの背後に渦巻いていた濃霧――翼の本体が、前へと出て来て少年を守る障壁となった。触れるだけであらゆる物質を溶かしてしまう絶対防御の完成である。
だがフゥドは――――
「Holy fucking shit だ――ッッ!!」
何と物怖じもせず、その翼に拳を捻り込んでいた。
「聖十字が貴様ら悪魔に押し負ける訳あるかァア!!」
「――――んっ」
拳のめり込んだその翼毎に、フゥドの打突がベリアルを吹き飛ばしていった。
炉の一角に叩き込まれたベリアルが、ごうごうと滾る炎に焼かれていく。
「やったぞフゥド!」
「業火に焼かれて朽ち果てろクソ悪魔!!」
意外にも良好な連携をする二人が口角を上げる……が、アッと気付いて同時に険しい表情に直していく。
「チッ……」
「……っ」
そして二人は同時に異変に気付く。
炉から紫色の蒸気が立ち上り始めたかと思うと、内部からの凄まじい力によって爆ぜて、炎を周囲に飛散させたのだ。
「少し面倒臭くなって来たな」
「クソ!」
「ベリアル!」
全身をドロドロの液状にして外へと出て来た少年が、元の形状となって
「な……!」
「Holy shit……」
その瞬間に止め処もなく溢れ始めた邪気は、先程までの比では無かった。余りに陰惨で残酷なるイメージが二人を襲う。
魔族の証である赤目を二人に差し向けたまま、ベリアルはやや不機嫌そうにして口を開いた。
「『
ベリアルの背後で押し固まった大気が、一匹の大蛇となって猛進して来た。
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