第302話 聖遺物の一撃


「あれぇ……?」


 瓦礫に埋もれたままのベリアルは、腫れ上がった頬に触れてから、揺れる視界にボンヤリとした。


「なんでキミがを?」


 有無も言わせぬままに詰め寄って来たフゥドが、低空からのアッパーでベリアルの腹を打ち抜いて眼前に浮き上がらせる。


「――っ」


 そして間髪入れぬコンビネーションが襲う――!


Crapクソッ!!」

「う……」

muckクソッ!!」

「……」

dungクソッッ!!!」


 背後の壁に叩き付けながら、顎を、レバーを、みぞおちをフゥドの鉄拳が打つ。だが痛覚の無いベリアルは然程さほど堪えた様子も無い。


「ぁぁあああああ――ッ!!」


 棒付き飴を噛み砕いたフゥドが、怒涛の乱打を繰り広げる。食い縛った歯牙とギラついた眼光が、彼の並々ならぬ気迫を窺わせる。


「くたばりやがれクソ蛇がぁぁあ!!」

「……そのグローブ、聖骸布が編み込んであるんだね」


 苛烈に壁に埋め込まれていきながらも、ベリアルは冷たい視線のままフゥドへと囁きかけていく。


「それがどうしたクソッたれぇぇえッ!!」

「キミはオモシロクナイ……さっきの老人のがオモシロカッタよ」

「アァ――――!?」


 連打の間隙を抜けて液状となったベリアルが、フゥドの後方に姿を現していた。


「キミ弱いね……さっきの神罰代行人は何処に行ったの? 彼が一番オモシロソウなんだけどなぁ」


 とは言いながらも口から血を吐いたベリアル。そしてそのままフゥドへと歩み寄って来る。

 激昂したフゥドの手元で聖十字が輝く。


「血ィ吹いてんじゃあねぇかShit!! 強がってんじゃねぇッ!!」


 踏み込もうとしたフゥドであるが――


「う――ッ」


 今開かれた熔融ようゆうの大翼を前に、息を呑んで立ち止まった。


「怖いの? 怖いよね。人間だもんねキミ。つまらないよ」


 打たれた腹を擦りながら、少年は大股で歩み寄って来る。その背後には、全てを溶かす紫色の邪悪が広がっていく。


「……っ!」


 呆れ果てた悪魔の相貌を前に、冷や汗を垂らすフゥド。しかし彼は自らの両頬を同時に叩くと、怯んだ視線を再びに獣の様にした。


「ダラついてんじゃねぇクソチビがぁぁあ!!」


 巨悪を前に、その例えようも無い恐怖を振り払った男がベリアルへと突っ込んでいく。


「危険だフゥド!」


 途中声を掛けたダルフへと後ろ手に中指を立てたフゥドは、目前から迫る翼の猛威を激しいステップでかわして、悪魔の目前に辿り着く。


「俺が弱いのなんて言われなくても知ってんだよ!!」

「なんなのキミ……」


 飛び上がったフゥドの頬を強酸が掠めていく。


「例えそうでも、度胸と気合じゃ誰にも負けねぇえッ!!」


 しかし彼は爛れた頬にも怯まずに、眼下に認めた蛇へと拳を狙い澄ました。


「『神の鉄拳フィーストオブゴッド』ォオオ――!!」

「あ〜……」


 そこに太陽でも現れたかの様に、強く強烈に光灯ったフゥドの拳!

 不遜ふそんにも神の拳を名乗る豪胆なる一撃が、目を細めたベリアルの頭を捉え、そのまま地に埋め込んでいった。


「――――ぅ」

「どうだクソがぁ!!」


 半身を地に埋め込まれたベリアルであったが、視線を揺らしたのは一瞬で、黒き虚空の瞳がジロリとフゥドを見上げた。

 遠目に彼を眺めていたメロニアスが、フゥドへと声を投じる。


「そこを離れるのだフゥド!!」

「なっ!」


 気付く頃には、フゥドの周囲には紫色の大気が立ち込めていた。じりじりと彼の背を毒液が溶かし始める。


「Shit――ッ!!」


 輝いたままの拳でフゥドは足元の地を殴り込んだ。すると巻き起こった衝撃波で周囲の邪気がややばかり払われる。そこから高く飛び退いたフゥドであったが、至る箇所を溶かされた姿で地に降り立っていた。


「残念、逃しちゃったか……」

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