第300話 マナの支配者


 炎の柱が終わると同時に、たちまちに再生したベリアル。その胴を、ダルフの崩れた長剣が通り抜けざまに一閃する。


「な――!」


 だが切りつけた肉は液状の線を残し、まるで水を打ったかの様な感覚しか残らない。

 ベリアルは横目でダルフの反応を楽しみながら、なんら慌てることも無く不気味に笑っていた。


「『炎の槍』!」


 少年の足元に現れた魔法陣より、焔の槍が彼を串刺しにして焼き上げていく。


「あぁ、また当たっちゃった……」


 突き抜けた炎の槍の先端を口元から覗かせて呑気に独り言つベリアルは、また溶けて霧散していった。

 メラメラと熱気を放つ槍を残して、紫色の霧が炎に呑み込まれて消えていく。


「ベリアルを打倒し得る武器を?」


 無敵の様な存在を前に、手の打ち方を考えあぐねたダルフは、メロニアスの側に舞い戻りながら改めて問い直していた。

 その身を気体や液状に変化させてしまう悪魔の攻略法。それをここまで冷静に観察して来たメロニアスは、洗いざらいに全て語り始める。


「奴にダメージを与える事が出来るのは、今の所はこの火槌かづちのみだ」


 銀色の小槌を見せたメロニアスに、ダルフは怪訝な表情を返す。


「待ってくれ、その神遺物とやらの炎もベリアルにはほとんど効いていないじゃないか」


 確かに火槌による炎によって、ベリアルは火傷の様な傷跡を肌に残してはいる。しかしそれは全く持って致命傷にはなり得ない微かなものでしか無く、やや経過するとその傷も塞がってしまう様であった。

 メロニアスはダルフの言わんとする事を理解しながら、片手間に剣を打ちながら答え始める。


「先程奴がお前の翼に触れると、魔力回路が逆流して暴発したな……それを見て俺の疑念は確信に変わった」


 先程、ベリアルに触れられた事によって起こった原因不明の魔力の暴走。それをダルフ当人は意識がショートして上手く認識出来なかったのだが、俯瞰的にそれを観察していたメロニアスには何か掴む所があった様子だ。

 目前の炉から上る炎のせいか、はたまた内心動揺を示す心によってか、天使の子は額から玉のような汗を落としながら口を開く。


「奴は魔力を、恐ろしい事に他者のマナですらをも、手中に収めたかの様にコントロールしている」

「魔力……を!?」

「そうだ。故にこの小槌による火炎もいなされ、致命傷にはなり得てはいない」


 超常的なエネルギーさえも支配するという“魔”に、ダルフが肝を冷やして後退し掛けると、ひたすらに剣を打ち上げていた男はここで僅かな希望の一筋を示し始めた。


「しかしだ、ダルフ。お前がここに現れる前に俺は一度、この火槌で直接奴の体を打った」

「……」

「するとどうだ、確かに肉を打つ感触と共に、奴はぎこちなく動きを止めたのだ」

「神遺物の物理的な攻撃ならば通ると言うことか!」

「おそらくはそうだ。……感覚が鈍麻しているのか、そもそも無いからか、表情は僅かにも動かさんかったがな」


 とは言ったものの、その短い小槌一つでベリアルの懐に入り込む事は至難の業であり、そもそも形状も武器として特化していない。そんな事を何度試みようと、無形の酸に包囲されて溶かし尽くされるのは目に見えている。


「ムリだ! そんな小さな武器一つじゃあ命が幾つ合っても……それこそ、俺にも出来ようが無い」

「分かっている! だから今、こうして剣を打っているのだろう!」


 金床で打たれる一際に強い物音が、彼の苛つきを良く表していた。

 ダルフは遂に炎から這い出してきた少年を認めながら、背後の男に慌てた声を投じる。


「待てよメロニアス! お前にしか練り上げられない“シェメシ鉱石”とならば、ベリアルにダメージを与えられるとでもいうのか!?」

「ムリだ! 話しを聞いていなかったのか、奴に傷を負わせられる物質は、現時点ではこの火槌のみだ!」

「良く聞いていたから問い掛けてるんだ! じゃあ一体何故剣を打つ必要がある!」

「考えがっ……あるのだッ!」


 頭を振ったダルフは歩んで来る邪悪を前に曲がった剣を構えるが、降り注いで来た紫色の粒子に、その剣先がボトリと落ちる。


「せっかちなのも良い加減にしてくれ! 毎度言葉足らずで訳が分からないんだ!」

「お前が悠長過ぎるのだ、少しは察しろ!」


 メロニアスは足元に転がっていた――柄のみが取り付いた奇妙な鉄塊を火槌で打った。すると接触面に高い火花が上がり、無骨な鉄塊がダルフの足元にまで滑り込んで来る。


「それならばややばかり保つであろう! あと少しなのだ、時間を稼げ!」


 苦い顔をしたダルフはひん曲がった剣を投げ捨てると、まるで岩石に柄が突き刺さった様な鈍器をむんずと掴む。


「流石に……重いぞ!」


 とは言いながらも巨岩を確かに構えたダルフを前に、ベリアルは白い歯を見せてパチパチと手を打った。


「凄いね、数百キロはありそうなのに……キミ本当に人間?」


 歪む闇の瞳。少年の頬にあった火傷痕が、ジュクジュクと蠢いて元の白肌に戻っていった。

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