第299話 ナンデオ前ガ“ソレ”ヲ持ッテイル?


「痛い……熱い? 僕に痛覚があれば、もっと愉快に泣いたり喚いたり出来たのかなぁ?」


 ベリアルは再生した自らの腕に焼き跡が残っているのに気付いて首を捻っていた。神遺物による一撃も、彼にはその程度のダメージしか負わせられないらしい。


「『腐乱剣フランケン』」


 ベリアルがつまらなそうに呟くと、霧散していた邪気が凝縮して、手元に細く長いレイピアを形成した。

 紫の刀身からだくだくと溢れる液体が、地を溶かして煙を立てている。


「オモシロクナイから、早く死んでよ」


 ダルフには一瞥いちべつもくれぬまま、挙動も無くメロニアスの頭上まで飛来して来たベリアルが、レイピアの一突きを放つ。


「させるか……ッ!」

「ん……誰?」


 電撃を纏わせたダルフの長剣が、強烈な酸の様な性質を持った剣を刀身に受ける。


「まずい、剣が溶けるっ!」

「まぁいいや、誰でも」


 虚空の様な眼球がジロリとダルフ認めるが、直ぐに飽きてレイピアを突き出す事に専念し始めた。みるみると溶け去っていく長剣の刀身。朽ちていく様でもある不可思議な接触面は、直ぐにでも貫かれて標的へと迫るだろう。


「貫かれる……メロニアス、逃げてくれ!」


 しかしメロニアスはと言うと、こちらも見やらずに謎の鉱物を持ち上げて炉に突っ込んでいる。


「あぁもう、やるしか……無いかッ!」

「ん?」


 ダルフの長剣を突き抜けていこうとしたレイピアが、宙に踊っていた――


「うおおおお!!」

「……っ」


 それは四枚の雷光の翼を背に、ベリアルに無理矢理体当たりをかました、ダルフの苦肉の策による結果であった。

 術者の手を離れたレイピアは霧に変わって溶けていく、そしてダルフはベリアルに組み付いたまま、少年を空へと連れ去った。


「雷……翼……四枚の?」

「ウギぃあ……ぐぅッ!!」


 ベリアルは特段慌てる風も無く、高き天井へと連れ去られながらダルフの翼を観察していた。だが少年に触れているダルフの体は、みるみると肉を溶かされて激痛を刻んでいる。

 自らの体を投げ売ったタックル。メロニアスが離れないというのなら、この少年毎距離を作ってしまおうと画策したダルフであったが、


「僕より多い……生意気だなぁキミ」


 緩々と伸びて来た少年の細腕が、ダルフの稲光の翼を掴む。


「――――ガァア!!?」


 するとその瞬間に、雷火の翼は朽ちて消えてしまった。更には彼の内の魔力までもが暴走したかの様にして、体中から雷撃を暴発させながらダルフは墜落していった。


「人間の癖に……」


 丸焦げとなって泡を吹いたダルフの胸から、事も無げに立ち上がったベリアル。下等生物でも見下ろすかの様にした少年は、再びに腐食のレイピアを手元に創造する。


「変なの……」


 ――そしてダルフの胸に突き刺した熔融ようゆうの一突き。毒液でも注入された具合に、たちどころに体を溶かしていったダルフの胸がベコンと凹む。


 メロニアスへと向き直ったベリアルは、未だ刀工に余念の無い彼へと歩み始める。


「あれ……?」


 しかしベリアルは、背後で起こり始めた妙な魔力に気付いて振り返っていた。

 そしてそこで巻き起こる光景に、能面の様でさえあった表情を僅かに綻ばせる。


「あれぇ、なんでぇ」


 肉の溶けた赤黒い液はそのままに、損失していた筈の肉が形成されていく。失われた臓器が、肉が、皮膚が、神経が、絶対普遍のエネルギー保存の法則を裏切り、万物のことわりを超えて生み出されていく。

 ――無から有を産み出し。不可逆を可逆に。一人禁忌を超えた生命体としての次元……



 「ナンデオ前ガヲ持ッテイル?」



 つまらなくてつまらなくて、呆れ果てるのにも疲れ果てた悪魔は……

 今この時――これ以上も無いオモチャを見付けて破顔していた。


 ――蘇生を果たしたダルフが先ず見たのは、自らに覆い被さる程に切迫して向けられた、深い闇の底の様な好奇の目であった。

 おぞましい邪に包まれて、ダルフはガタガタと震えながら少年の声を聞く。


「オモシロイね……キミ、オモシロイ」

「――ヒ……!」

「何回殺せば死ぬのかな……いや死なない? 死と同義になればいいんだけれど」

「……は…………ぁ……!」

「でも感じるよ……キミの中で消費されていく、何かとっても大切なを……!」


 その時になって初めて感情らしいものを見せたベリアルだが、次の瞬間には眉をしかめて、元の無表情へと戻っていた。

 そしてダルフを見つめたまま囁く。


「……鬱陶しいなぁ」

「うわぁあ!!」


 ――腰を上げたベリアルが、炎の柱に呑み込まれていった。

 ダルフの鼻先スレスレから突き出して来た火炎に、ベリアルの顔は焼け焦げて炭となり、どろりと眼球を落としていく。


「お前が俺を守護するのでは無いのか、立場が逆になってどうする!」


 しかしてベリアルは肉片を地に落とす事も無く、紫色の霧となっては邪気は霧散していく。また直ぐにでも粒子から再生するのだろう。

 この悪魔の体はどうなっているのか……まるで掴みどころの無い雲へと手を伸ばしているかの様だ。もしくは、この霧自体が奴の本体だとでも言うのだろうか? どちらにしてもダルフ達は、目前の存在にほとんどダメージを与える事が出来ないでいた。


「メ、メロニアス……」


 腰を抜かしかけた足腰で走るダルフに、メロニアスは兄らしく、厳しく言って聞かせる様にした。


「分かるか! 奴をが、今すぐにでも必要なのだ!」

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